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一泊二日の下呂温泉への旅

 投稿者:柴田英則  投稿日:2016年11月24日(木)06時06分48秒 KD182250246039.au-net.ne.jp
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  一年ぶりの妻との旅。11月23日(我々の結婚記念日、2人で47年過ごして来た)津田沼駅前のバス停から出発。今日から両二日雨、雪が予想されているので厚着で出かける。しかし甲府盆地を通る頃晴れ??。そのままいい天気で旅館に着いた。途中、
妻籠宿と馬籠宿を散策。馬籠宿は島崎藤村の出生地。持っていた電子辞書には2000の小説があるので、島崎藤村の夜明け前を探したらあった。久しぶりに夜明け前を読む。長文なので旅の間では読みきれないだろうが、今回実際に妻籠宿や馬籠宿を散策して小説の背景が鮮明。
下呂温泉は草津温泉、有馬温泉と共に日本三銘泉とのこと。アルカリ性の温泉はスベスベと気持ちいい。ホテルの夕食も良かった。
24日の朝、テレビで天気予報を見る。関東は雨、雪の予報だが岐阜は晴れ??。夕方帰る頃には関東も晴れるらしい。ラッキー!^_^
 
 

小泉八雲の日本の面影の写真と現在の風景(5)

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月12日(月)10時54分13秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  次は「神々の国の首都」である。ハーンが松江に赴任した時に住んだ松江の街を描いている。本に掲載されている写真は松江大橋である。宍道湖から大橋川に掛かる橋は宍道湖側から「宍道湖大橋」→「松江大橋」→「新大橋」と並んでいる。我々が最終日にとったホテルはこの松江大橋の松江城側のすぐの所である。おそらく本に掲載されている古い写真は宿泊したホテルのすぐ近くからのものと思われる。僕が撮った写真は反対の松江駅側からのものである。ここには人柱となった「源助柱」の碑がある。小泉八雲はこの源助柱の事を次のように紹介している。
「慶長年間に、出雲の大名を勤めた武将の堀尾吉晴が、初めてこの川の河口に橋を架けようとしたが、作業はいっこうに進まなかった。(中略)村人たちは、荒れ狂う洪水の霊を鎮めようと、人柱を立てることにした。川の流れがもっとも激しくなる真ん中の橋脚が立つ川底に、生きたまま人を埋めたのである。それからというもの、三百年もの間、その橋はびくりともしなかったという。
  その人柱になったのは、源助という男であった。彼は雑賀町に住んでいた。かねてより、マチのついていない袴をはいて橋を渡った最初の男が橋の下に埋められる、という決まりがあり、その通り源助はマチなしの袴で橋を渡ろうとしたために、人柱にされてしまったのである。後に橋の真ん中の橋脚は、彼の名を取って「源助柱」と呼ばれた。それから三百年間、そう呼ばれ続けた。」と。
 

小泉八雲の日本の面影の写真と現在の風景(4)

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月12日(月)09時49分36秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
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  次は「日御碕にて」である。出雲大社から車で10分程度のところ、道路の右手が岩山、左が岸壁の海。小泉八雲は、「日御碕は杵築から八キロほど離れた出雲の海岸沿いにある小さな村である。山道を辿れば行けないことはないが、道は非常に険しく、危険な上、難儀である。お天気さえよければ、船旅はとても快適である。それで私は、友人ととてもこじんまりした漁船に便乗させてもらい、日御碕をめざした。漁船は、二人の若い漁師の巧みな櫓さばきで進んでゆく。」
そして又、、
「私たちは日御碕港の右端の所に停泊した。ここにもやはり砂浜がない。海水は、海岸のふちまで深い黒色で、岸は急勾配になっている。私たちがその急な坂を登ってゆくと、見たこともない光景が広がっている。西洋の干し物掛けのようなかたちをした何百本もの竹の枠に、無数の薄黄色いものが、ぶら下がっている。一見見た時、私には、それが何だかさっぱりわからなかった。しかし近づいて、よく見ると、その謎が解けた。数え切れないくらいの数の烏賊が、干してあるのだ。この辺の海で、これほどたくさんの烏賊が採れるとは、思いもよらなかった」と。
僕は日御碕神社にお参りした後昼食の時間でもあり駐車場の前のお店で一夜干しの烏賊を焼いてもらいビールのおつまみとして食した。とても美味しかった。そして出雲そばのわんこ蕎麦をとった。蕎麦麺のできは良くなかったがまずまず美味しくいただいた。
日御碕神社の祭神は天照大神と弟の須佐之男命の二柱である。添付写真は天照大神のお宮で、この右上に須佐之男命のお宮があるが写真を撮るのを忘れた。
 

小泉八雲の日本の面影の写真と現在の風景(3)

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月11日(日)13時41分33秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
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  次は「美保関にて」である。ここでは残念ながら本の写真の角度からは現風景の写真を撮るのに気付かなかった。この写真の右上奥に美保神社があり、写真の民家と奥の小山の間に道路があり、左方面が松江行きである。写真奥の船のすぐ上の道路上でイカの一夜干しを二人のおばさんが売っていた。車をその売店(屋台)の横に停めさせてもらい三杯の干しイカが千円、美味しそうなので買った。美保神社の祭神の一柱が大国主命の長男である事代主神である。稲佐の浜で大国主命が高天原からの遣いの建御雷神(たけみかづちのかみ)から国を譲るように迫られたとき、大国主命は自分ひとりで決めかねるので子どもの考えを聞くことにした。長男の事代主神は認めたが、もう一人の息子建御名方命(たけみなかたのみこと)は抵抗して力比べを挑んだが、負けて長野の諏訪に追いやられた。事代主神はいわゆるえびすさんである。小生の高校時代のニックネームが「えべっさん」と関西弁のえびすさんである。  

小泉八雲の日本の面影の写真と現在の風景(2)

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月11日(日)12時41分48秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  次に「子供たちの死霊の岩屋でー加賀の潜戸(かかのくけど)」である。ここは2年前ひとりで訪れたところである。明治時代は新潜戸の上は写真のように木々が林立していたが現在は灯台が見えるだけである。写真1は明治時代の西口入口。写真2は現在の西口入口。写真3は北口側。
日本の面影にはこのように表現されている。
  これほど美しい洞窟は、とうてい想像できない。海もまた、偉大な建築家だぞといわんばかりに、そこに畝や綾模様を作り、その巨大な作品に磨きをかけている。入口の丸天井は、高さは水面から六メートル、幅は四・五メートルはあるだろう。その天井から壁までの岩肌を、何億何兆という無数の波が、これほど滑らかになるまで洗ってきたのである。奥へ進むにつれ、洞内の天井は着実に高くなっていき、水路の幅も広がってくる。すると思いもかけず、頭上から落ちてくる水のシャワーの洗礼を受けた。この清水は、「新潜戸さんのお手水鉢」と呼ばれている。心の邪な人間がこの岩屋へ入ろうとすると、まさにそのときに、高い丸天井から大きな石がひとりでに崩れ、その人をめがけて落ちてくる、と信じられている。私は無事に、その関所を通り抜けた!
 

小泉八雲の日本の面影の写真と現在の風景

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月11日(日)12時20分53秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
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  今回の一畑薬師祈念した後の観光は小泉八雲の新編日本の面影に記載された出雲地方のものにつき掲載された写真の角度から現在の風景を対比してみた。
まずは「杵築ー日本最古の神社」の節。杵築神社とは出雲大社の正式名である。この項に出雲大社の「一の鳥居」の写真が掲載されている。明治のころの人々の服装が読み取れる。尚、現在の写真は今回撮りそこなったのでネットから引用させてもらった。
 

一畑薬師他4日目

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月11日(日)08時46分45秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
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  4日目の今日10月10日最終日はひたすら千葉に帰る旅となる。ホテルからタクシーで松江駅へ行き、7時51分の特急やくものグリーン車に乗る。11時半頃岡山に到着してびっくり仰天のトラブル!妻が持っていた切符が見つからない!検見川浜までの乗車券とやくもの特急券。とうとう見つからずみどりの窓口で相談。普通の対処法は松江から検見川浜までの乗車券を現金購入し、もし下車するまでに見つかれば払い戻しができる。一方3割引のジパングで購入すると切符が見つかっても払い戻しが効かない。それも松江から購入しなければならない。僕としては、切符が見つかる可能性が低いのでジパングで岡山から検見川浜までの乗車券を購入することにしたい。そのことは一言も言わず悲しそうな顔をして迷っていると窓口の担当者は僕の希望をかなえてくれた。乗車券代金は3割引で7,560円だった。ひかり号のグリーン車特急券は、この様なトラブルもありと思っていたので妻には渡さず僕が持っていたので損失は最小限で抑えることができた。帰宅後それぞれ荷物整理したが消失した切符は見つからなかった。多分やくもの車内で脱いだコートのポケットに入れそれを座席に無造作に脱ぎ捨ててあったので座席シートの下あたりに落ちたのではないかと想像している。勿論やくもを降りるときに座席の周りはそれなりに探しはしたんだけど。それか途中ゴミ捨てに行っていたので誤ってゴミ袋に入れたまま捨てた可能性もある。もう後の祭り。最近の妻は乗り物の切符を降りる直前であちこちのポッケやバッグの中を探すことが多くなっており、集中力の欠如と直近の記憶力の低下がおこっている。横にいる僕は切符等をどこにしまっているか観察することにしてトラブル防止に努めているが、今回もやくも乗車時はズボンのポケットに入れていた。乗車後車内検札を受けた後どこに切符をしまうかを観察していなかったのが悔やまれる。随分妻を罵倒してしまったが、そのうちの何割かは自分への罵倒でもある。旅行そのものは大変良かっただけに残念なトラブルであった。
夕方5時過ぎに帰宅。娘は飲み会で留守なので、駅前で妻が寿司を買ってそれを夕食とした。
 

一畑薬師他3日目

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月10日(土)03時41分9秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
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  2泊お世話になった湯本湯の川温泉を朝8時頃出発。先ずはハーンの名文にて表現された加賀の潜戸(かかのくけと)に向かった。3年前一人で行ったところである。感激したところであるので、妻にも是非観光させたかった。今日はとても良い天気なので結構観光客も多いだろうと思ったが、遊覧船に乗ったのは我々だけだった。旧潜戸、そしてハイライトの新潜戸(写真1)と行く。新潜戸の洞窟内(写真2)は波静かであったが、外に出ると結構船が揺れた。今月で遊覧船の運行は終了し、再開は4月からとなる。冬は海が荒れるためである。その兆候が今日の海にも現れていた。その後、予定外であったが美保関まで車を走らせ美保神社をお参りした。ご祭神は二柱でその内の一柱は大国主命の長男である事代主神である。稲佐の浜で国譲りを強要された大国主命は子供達に相談したが、OKの返事をしたのが事代主神とのこと。事代主神はいわゆるえびすさんである。高校の時の小生のニックネームだ。今日も時間が余ってしまった。一路松江に向い、昼食後スサノオが祀られている八重垣神社に。神社内にはスサノオの妻・稲田姫が毎日化粧に使った鏡池(写真3)へ。観光客は紙にコインを乗せてこの池に浮かべお祈りする。沈む場所によって縁結びが占えるらしい。八重垣神社を後にして八雲なる風土記の丘に行く。県立とのことであるがだだっ広いとこである。古墳のあるところをじっくり見て回った。これにてレンタカーでの旅は終了。契約時間を2時間余して返車した。喫茶店でコーヒーを飲んだ後タクシーでホテルに行く。スイートルームを予約していたが想像していた部屋ではなく狭っくるしい。がっかり!
ホテルのすぐ目の前が旧大橋である。ハーンが撮った明治時代の写真と後ほど比べてみる予定である。勿論明治時代に作られた橋ではないがその当時の雰囲気は残っているし、例の人柱の碑もあり写真に収めた。ホテルで荷物を整理し早めに就寝した。
 

一畑薬師で祈念ほか

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月 8日(木)16時24分54秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
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  旅館を8時ごろ出発。レンタカーのアクアはプリウス同様静かに走る。8時半頃一畑薬師の山上に到着。祈念(祈祷)の受付は9時からなので寺の境内を見学。9時前に申し込み「眼病快癒」の題で一万円コースにした。妻も同席して本堂にて祈念。最後に木札を頂き僧侶の説教を承ける。記憶していることは「見える方の目は勿論ですが、心の目も開く様、経を続けて下さい」と。経とは、「オンコロコロ  センダリマトウギ  ソワカ」というご真言である。写真1と2は一畑薬師。写真3は出雲大社近くの稲佐の浜にて。国譲り神話の舞台である。
祈念を終えた後、ラフカディオハーンの「日本の面影」に記載されているハーンが訪れたところをメインに旅をした。平日の田舎とあって道路は空いていた。「古代出雲博物館」、「出雲大社」、「稲佐の浜」、「日御碕神社」、「西谷墳墓」、「荒神谷遺跡」等々に行った。この中でハーンが述べているのは「一畑薬師」、「出雲大社」、「日御碕神社」である。後ほどハーンが撮った明治時代の写真を今の写真と見比べてみる予定である。予定外のところも回れたが時間はたっぷりあまり4時前に旅館に戻った。妻も腰がいたいとのことで早く帰れてよかった。
 

出雲の一畑薬師へ

 投稿者:柴田英則  投稿日:2015年10月 7日(水)20時37分54秒 KD027084207134.ppp-bb.dion.ne.jp
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  7月22日に右目の手術、約8日間の入院時に読んだラフカディオハーンの「日本の面影」の中で、眼病治癒にご利益のある「出雲の一畑薬師」が記載されていた。かねてより出雲に三たび出かけたいと思っていたので、種々検討していた。ネットによると毎月8日の日は「ようかさん」と云われ、普段の1000倍のご利益があるとのこと。そこで、今回は7日に出発し明日の8日に「ご祈念」を承けることにした。妻も同行するので奮発して新幹線、在来特急ともグリーン車。そして宿泊は出雲・荘原の「湯元湯の川温泉」に連泊。3泊目は松江の旧大橋近くのホテルでスイートルームが空いているとのこと予約した。我々二人が今更スイートルームでもないが、部屋に大きなバスタブがあって温泉の掛け流しができるとのことで予約した。最終日の宿泊も少し楽しみである。  

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