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好きなモビルスーツはガンダム」正直に答えたら笑われた

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 9月14日(木)21時35分47秒
返信・引用
  毎回メールの件名と、書き込みのタイトルと、格闘ゲームの開幕の瞬間にだけ全力なB_Dです、こんにちわ。

>>題
"「好きなモビルスーツはガンダム」正直に答えたら笑われた――ガンオタの面倒くさいマウンティングはどうにかならないのか"と言う記事を読みました。

感想として、本当に初ガンが好きなら、せめて「ファースト」とか「RX-78-2」とか答え方にも一工夫は出来るのではないかと言うアドバイスを自分ならするかなと言った所です。「もはや、日陰者ではない」とまで言えるほどの一大産業?にまで育った"ガンダム"ですが、古来よりずっと存在した身内ノリと他者への排斥の弊害がここに来て取り沙汰され始めたきらいもあります。
プラモも持ってないのにセンチネル系を上げてみたりのくだりは、耳に痛いほどではないですが(GFFは持ってるので)、たまたま一番好きなのはEx-Sだったりしまして。
でも、ちょっと"悪いガノタ"の肩持つような事言いますと、ガンダム好きで、子供が怪獣図鑑眺めるような本気度でガンダムの資料集とか読んでたら、答えがただの"ガンダム"には中々ならないよなぁとは思うんですけどね。
何ガンダムよって話になるし、例えばRX-78-NT1アレックスのチョバムアーマーでライフが二機ある臆病っぷりが自分の性格にあっているとか、デルタガンダムのあのカッコいい百式の真の完成系の姿が見れた所がユニコーンの作品の完成度と相まって素晴らしいとか、好きなMSを通していかに自分を見つめなおしているかみたいな"立ち位置"の問いでもあるのかとは思うんですよね。
結構多方面の分野の飲み会などに参加したりしてみましたが、大体の場合、身内ネタで盛り上がってばっかりのパターンは多いんですよね。
そう言う意味では、ガンダムオタクも、端的に言えば話相手が欲しいだけと言う見方も出来る訳ですが。
いよいよ、初ガン見てる人の方が少なくなってきたこのご時世にどのようなご意見をお持ちでしょうか?

>>趣味と影響、歳
そうですね。
私も今はゲームゲームなマインドで居ますが、実はアニメ見るのがホントにしんどい。一話座って見てるだけで、物凄く集中力を消費してしまって、今までに見たアニメをダラダラ流したり、トップをねらえのお気に入りのシーンだけを繰り返し流したりで、非常に瞳が過去に向かって開いております。20世紀末頃の熱を取り戻せたらどんなに良い事か。

>>ゲーム
ホントは好きではなかった、その言葉が言える、気づけるまで時にすごく年月がかかる場合もあるかも知れません。
私も今モヤモヤしてる事があって、うまく摑み切れないのですが、同じような何かがあります。
例えば最近、将棋の解説サイトで、「私は将棋を強くなるにはどうしたらいいですかと言う質問に対して(相手を見て場合によっては)、強くならなくてもいいんじゃないですか?と答えています。」と言う文章を読んで衝撃を受けました。
勝負事に纏わる色々な事は面白いですし、細かい話も色々あります。
"競技"・"遊戯"の種類によっては、実力と勝敗や一発勝負の結果が結びつかない事もあるし誰が一番強いみたいな事が分からなかったり意味がない場合もある。
それは全部置いといて、蓮舫さんじゃないですが「勝つためにやらなきゃ駄目ですか?」と言う問いは、非常に深く心に刺さりはっきり言って答えが出ない。
全勝する事も、一番強い人に勝つ事も、ある年の勝敗で勝ち越す事も絶対に無理ですが、本当に勝つためにやってるのかな、勝つための練習がやりたい事なのかな、上手くなる為に色々試してる時に膨らませてた夢と現実は、ちょっと何かが違う。
本当の自分の心にまだ従えていない気がするんです。
格闘ゲームの配信とかしてる人には中々相談できない内容でして...
 
 

Re: 彼の悪夢が生活廃水なら私はそれにまみれる汚水処理機

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 9月12日(火)01時28分50秒
返信・引用
  さすがに年を取ったので、趣味にかんして他人の動向に影響を受ける段階はすでに卒業して久しいですね。
すでにどこかで書いた気がしますが、ゲームはたぶん私はもとからそんなに好きではなかったのですよ。
あと色々な意味で上手くもなかった。
プレイが上手くないのと、付き合いかた下手でハマるといつも生活リズムを崩してしまうのと、肉体的に肩凝りやら眼精疲労やらがやたら酷くなるのと、その他もろもろの意味で。
 

彼の悪夢が生活廃水なら私はそれにまみれる汚水処理機

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 9月 1日(金)15時38分34秒
返信・引用
  >>まともなゲーム
オタク深度的に、自らのゲームに対するありようを自省されているのであればよいのですが、私の浅く一時的な"ゲーム熱"に温度差を感じてのお言葉でしたら申し訳ない限りです。私だってある日突然飽きて止めます。飽きるとか卒業って言葉は、ゲームとかオタク趣味に対して使う事は失礼に当たると思いますが、いずれにせよドロップアウトする訳です。

○汚泥だらけの資本主義のゴミ溜めより
最近心が汚れてきたなと思ったので、医師の中村哲さんの記事やyoutubeなどを見ていました。
倫理観だとか、慈善だとか、正しい事が何なのか知りたいと言うのが今の私の正直な気持ちですが、「とにかく命を救え、その為には医療より水だ。」「とにかく食べ物を作れ、その為には土木工事だ。」と為すべき事を定めているのですね。
偉人です。尊敬していますが、それだけではない。他人が言ったら失礼になりますが、"迷いの無さ"は羨望の気持ちを抑えられません。(同じ事をやれるかやりたいかは別として)
片や日常私が考えている事といえば、特殊な方法を用いてビットコインを乗っ取って、年収何百億円になれないかなーとか、同じくそしたら使い道としては等身大の巨大ロボット模型を作りたいなぁとか、ピンキーストリートの模型会社を買収したいとか、好きな格闘ゲームでプロのスポンサードとは違った支援のありようはないかなとか。
まるで、汚水の中で工業用の廃油で出来たラードをがぶ飲みしている、ミュータント豚のように醜悪で、心が腐りそうです。
募金と言うものは嫌いなのですが、ペシャワール会になら払ってもいい。

まぁ、こんな事ぐちぐち言って、イラクだのなんだのに自分探しに行ったりはしない事ですね。笑
 

Re: 明快な直線で切り取られたアシモフ大陸

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 8月16日(水)01時08分54秒
返信・引用
  もうまともなゲームをほとんどやらなくなってしまったので、VR関係の話は遠くから眺めているだけになっています。ぼんやり興味あるのはデレステVRくらいなんですが、私の担当の子たちは皆声無しなので、これもぼんやりな興味に留まっていますね。  

明快な直線で切り取られたアシモフ大陸

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 8月10日(木)22時50分59秒
返信・引用
  昔、第四次スーパーロボット大戦のキャラクター図鑑の所で、母オレアナとキャンベル星を評して、「やたらSFチックな名前の"固有名詞"が沢山登場する」と紹介していたのを見て爆笑した覚えのあるB_Dです、こんにちわ。

久しぶりに再度確認してみたら、どこにもそんな事が書いてなくって、ずっと面白いよなと思ってた自分のウン十年はどうなるんだと言う、まさに私にとっての、「バルゴンともあろうものが」現象と言えるでしょう。

空想科学読本か何かだったかな? このクスりと来るながらも、一言多い文体は大いに可能性がありそうですが、すぐ確認出来る場所においてないな...

>確信犯、誤用
まぁ、私にとっての本題とはどちらかと言うと、「誤用としての言葉」の用いられ方とその是非の方だったりもするのですが。

二次元、一次元に対して三次元は嘘をつきません。今、ファイブスターストーリーズの模型などを依頼に出しているのですが、立体物となると手抜きともとれる技法ですみたいな言い訳は通用しなくなる。ミユージシャンのビヨンセ曰く、筋肉は嘘をつかない、ですかね。
けれども同時に、文章と言ったものが敢えて情報量を少なくする事で、"想像させる"と言う技法を用いる事も出来る訳ですし、それは一つの特性であると言えると思います。今の時代に敢えて活字ではなく、肉筆をそのまま画像として印刷して本を出版するみたいな事も、ある意味では"確信犯的技巧"として考えうるかもしれません。

文章を書くのは苦手です。それなりに色々と少しずつ訓練などはしておりますが。まして、考えのまとまっていない事を説明するような質問するような文章だとなおさら。ですが、何かは得て行きましたのでひとまずお開きといたしまして...



最近、見たこともない映画のレビュー・紹介を書く機会がありました。適当なものなので、事の是非はさておき、あらすじや俳優などを適度にネットで調べつつ、ネタバレしすぎて自分も一緒に鑑賞する時に楽しみが減らないようにとも中々悩み所です。


今年はVR元年と言う謡い文句もありましたが、PSVR発売からもうすぐ一年と言う所で、若干失速感が出てきました。売り惜しみだか在庫不足だかで、十分に出回らなかった中で、コンテンツも少し足りてない感じがします。
まぁ、エースコンバットやアーマードコアのVRが出れば大分変わってくるかもしれませんが、色々ごにょごにょしてえっちぃのを楽しんだりとか、そういうのが、あの"ヘルメット"を頻繁に被る気持ちにさせてくれるほどまでは行ってないかなとも。まぁ、値段のコスパ100点、完成度現在の技術で85点と言うのが、本当に85点なりだなとも。逆にパーティーアイテムとしては最適な気もします。
 

Re: ハルヒビルド(攻50:速50)

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 7月24日(月)20時31分12秒
返信・引用
  お返事遅れてすみません、ちょっと忙しい時期が続きました。

制作者の意図を間違って把握してしまうと、楽しめるものも楽しめなくなってしまいます。
その意味では、確信犯かどうかの判断が、面白いかつまらないかに影響することもありうる。
そのあたりすべて無視で、乱暴に「つまんないから有罪」とする立場に与したいわけではありません、念のため。
 

ハルヒビルド(攻50:速50)

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 7月11日(火)01時03分41秒
返信・引用
  ちょっと、自分でも何言ってるかわからないけど、一度書きかけたの熟成させると腐るだけなので、とりあえず書き込んでしまいました。推敲は大事。

>>有罪無罪
そこなんですよね。確信犯は意志の問題、有罪・無罪は刑罰の問題。
確信犯だったら無罪になるわけではないし、かと言って確信犯は刑罰を恐れる訳でもない。法規よりも自分の信念に重きを置いていて.....
駄目だ、やっぱ何かを混同している気がするが何なのか分からない。

>>エンドレスエイト
ハルヒの∞8は、ヤシガニ罪についてのアニオタ陪審員裁判だと単純に
「つまんないから有罪」になっちゃうって事ですかね?

そう言う見方をする場合だとまた、判断基準が変わってきちゃうかな。
 

Re: 馬から落馬して頭痛が痛い時、こめかみを押さえつつ、声を荒ららげないで...

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 7月 1日(土)20時45分2秒
返信・引用 編集済
  有罪無罪に当たるのは、作品として面白いかどうか、よくできているかどうかなので、
この点にかんして言えば、ある手法を採用した動機が確信犯であるかどうかはあまり関係ないかな、と。
 

馬から落馬して頭痛が痛い時、こめかみを押さえつつ、声を荒ららげないで...

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月29日(木)05時24分48秒
返信・引用
  落馬は馬から落ちることなので、馬から落馬とは言わない。
頭痛が痛いとは言わない。
頭痛がする時に押さえてるそこはこめかみではなく眉間。(こめかみも効きますが)
声はあらげるものではなく、あららげるもの。

最近のスタジオの芸風には疎いのですが、「正しい意味での確信犯」と言う言葉がちょっと色んな事を想起してくれました。


シミュレーションと言う言葉に対して、飲み込んで大人になるまでに随分と長い時間がかかりました。いわゆる「シュミレーション」問題ですね。
私も例に漏れず、まずシュミレーションで覚えて、直接ではないですが誤用との指摘は知り、(それ以前からsimulationの正しい英語のスペルは知っていた)、様々な葛藤を経てシミュレーションと発音し、表記し、使用するように修正しました。
その過程で「子供の屁理屈」は沢山考えもしました。
シュミレーションの方が言いやすい。
人口の51%以上がそちらを使っていたら、それが正しい用法と言う事になるのではないだろうか。
伝わるから問題ない。
正しい語源から導かれる発音とは別に、一言で誤用と斬って捨てる態度はいかがなものか。正確には国語力自体が高いが相手の言わんとしている所を汲み取ろうとする気持ちが足りないのではないか、あるいは日常生活や会話でも消去法の類を使いそうな人の気がする。(例えば、「それ以外に何があるんですか?」とか言う人に多そう。)
俺は、分かってて好きだから間違った方の用法を使ってるんだ。(ニコラス・ケイジの、ロードオブウォーと言う映画の中に出てくる独裁者が、英語の間違いを指摘されると「ありがとう、でも私は私の言い方の方が好きだ」と言っていました。)
英語の時はSimulationと発音してるので問題ない。
シュとシの間の音とミュとミの間の音を繋げたような発音で言おう。

色々考えたものです。気持ちの整理がつくまでの過程を思い返してみると正直感慨深いものがあります。
そうさつと言う言葉は最近一部の辞書に載るようになったのですが、そうさいは比較的早く直しました。敷居が高く感じるを対人関係以外で使う際は、ハードルが高く感じると言うべき。
正直こう言ったものは、一言で言えば我流でない方法の学習が足りない子供の何らかの"反感"が引くに引けなくなっているだけなのではないでしょうか。
言語を学習する過程と言うのは、全ての単語を辞書で引く訳ではなく、非常に多様な類推を用いるものですが、時として"誤用"には正しい用法以上に論理的整合性がある事すらある。
ただ、今の素直な気持ちを言えば、「どっち使うかも好き好きでいいし、人の誤用に目くじら立てなくてもいいけど、最低限正しい用法(あるいは国語的に本来の用法)が何なのかは知っている方がより良いよね。」くらいですかね。

正しい日本語ってどこで習うんだろう。

さて、本題です。
白状しますと、確信犯と言う言葉を聞いて、何か一般的には誤用が広まっているんだったなーとか、正しい意味の確信犯の使い方もよく聞くなと思ってとりあえずwikipediaで調べました。(もちろんwikipediaの信頼性には常に疑いつつですが。)
とりあえず、正用を法律に違反する事を悪くないと判断する信条の持ち主、誤用を故意犯や法律に違反している事自体を知っていただけの人とします。

前文で力尽きたorz...

さてここでは、とりあえず手を抜いたと受け取られかねない作品を作る事を、仮にヤシガニ禁止法違反であるとでも定義するとします。

ここで、話を更に脱線させると、ヤシガニ禁止法は犯意と状況証拠の2つの側面を持ちます。予算と納期がきついのでやっつけで作ってしまおうだと犯意としてアウト、ネタとしてやったら面白いかと思ってだと犯意としてセーフ、予算や人員を予め用意していれば状況証拠としてセーフ、なければアウト。
待てよ、これだと確信犯と犯意の有無がごっちゃになってるのかな?

まぁ、何にせよ、エンドレスエイトが無罪、犯意なし状況証拠が無罪。
ヤシガニがあらゆる面で有罪。犯意あり、状況証拠も有罪。
そしてニンジャスレイヤーが有罪、確信犯かつ状況証拠が有罪となる?

駄目だな。本来書きたかった何かかくまえに前置きを書いてたら、何言いたかったのか忘れてしまいました。 適当に読み飛ばして下さい。
 

Re: その者、前科者につき

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 6月28日(水)20時03分31秒
返信・引用
  忍殺におけるTRIGGERは語の正しい意味で確信犯であるように私には思われました。
また、TRIGGERの芸風については熱心なファンも多いので、そこも難しいところです。
私はあまり肌に合わないのですが。
それこそ『リトルウィッチアカデミア』くらいです、ちゃんと見ることができたのは。
忍殺の再度のアニメ化については、根拠はありませんが、あってもおかしくない気がします。
 

その者、前科者につき

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月24日(土)06時20分8秒
返信・引用
  彼氏彼女の事情で庵野監督が、ノートの切れ端にキャラの絵を描いて、割り箸につけて動かす紙芝居演出をした時に感じた最初の感想は、「まーたやらかしたよ」でした。当時エヴァ最終回の壮大な肩透かしの余韻もさめやらぬまま、カレカノ一話では、超見栄っ張り型汎用人型決戦兵器ゆきのんの発進シーンなどは中々の笑い事で済まされていましたが、紙芝居登場時、予算、納期、手抜きの三語が頭の中をよぎりました。
度々引き合いに出していますが、そしてまだ見てないのですが、壮大な悪ふざけと言うのは、京アニが気合と予算をかけてエンドレスエイトをやるくらいの説得力を持って始めて成り立つものだと思います。 世間一般での評価は芳しくなかったですが。
シャフトくらいで、またシャフトがやらかしてくれたよ(好意的な笑い)で済みますが、確固たるクオリティの実績があってこそ始めて資格が得られるとでも言いましょうか。 よく、ピカソは昔の方が絵がうまかったと言う一般人の意見を聞きますが、ここではその仔細の如何はおいておいて、晩年のキュピズムや崩壊したような芸術の再構築も、わすが15歳の時に写真のような(初心者の言い勝ちなほめ言葉ですが)静物画を描いていたと言う実績があってこそ初めて説得力を持ってくる。

しかし、望みもあります。 ヘルシングTV版は、なんだかよく分からないものでした。それに対し、完全に黒歴史化しての完全アニメ化OVAが作成されました。
あえて、中途半端に良い出来な事もある、程度のつくりではなく、全く冗談のような作りだからこそ、コミック版のようなハイクオリティで完全なアニメ化をもう一度する機会はあると思われるのです。
 

忍殺

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 6月20日(火)20時53分7秒
返信・引用 編集済
  > B_Dさん

『ニンジャスレイヤー』はすべてわかってやっていると私も思います。
全体の仕掛けからして一つのネタになっている、というわけで。

> ますださん

アニメ版ですが、原作の「全体の仕掛けからして一つのネタになっている」というところを
別ジャンルで表現しようとしてあのようにしたのではないか、と私は思います。
ただ、それが十分に成功していたか、と問われれば、私も答えは否定的です。
TRIGGER作品にありがちな「視聴者を無視して悪ふざけする」癖が、悪い方向に出たかな、と。
 

アニメ版ニンジャスレイヤーについて

 投稿者:ますだ  投稿日:2017年 6月20日(火)13時37分5秒
返信・引用
   日本のファンタジーが、「中世ヨーロッパ風」と言ってるくせに19世紀風のメイドさん出してるわけですから、ニンジャスレイヤーはそれと同じような感じで時代を混ぜている(おそらく、わざと)だと思いますよ。
 私がニンジャスレイヤーで不思議に思っているのは、アニメ版です。
 どうして普通のアニメではなくて、紙芝居というか、フラッシュアニメというか、ああいう極端にチープな映像にしたのでしょうか。
 説得力のある説明を私は知りません。
 

今日から使いたいニンジャスレイヤー語録

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月18日(日)18時59分6秒
返信・引用
  なるほど、古さとの融合ですか。
講談とかは昭和の初期くらい、テレビが普及するまで流行っていたのでしたっけ。
良いものには時代を超えた普遍性があるのかもしれませんね。

英語版の書籍が入手不可能なのが惜しまれます。
てっきり和訳した作品だとばかり思っていたら、ツイッター→直接和訳出版との事で、変な言い方ですが逆輸入二重輸出和製作品とでも言うべき形態で。

普通の二流作品の間違った日本観は、「おかしいだろ!!」と突っ込まれてあるいは笑い物にされて終わりですが(実際、海外作品に登場する日本をネットで面白おかしく紹介しているサイトを見るのは好きです)、アオリ文句の「日本よこれがニンジャだ!!」の言葉ではないですが、「日本よこれがニホンだ!!」とでも言うべき、迫力で押し切る日本観、正直かなり造詣が深い上である程度わざと間違えている部分もあるかと思います。
辞世の句と俳句を混同してたり、日本の古い時代がほぼ平安時代オンリーだったりしますが、迫力の暴力の前ではゴジュッポヒャッポですね。
 

Re: マルノウチスゴイタカイビル タカイ実際タカイ

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 6月12日(月)22時32分27秒
返信・引用
  『ニンジャスレイヤー』はたった一撃でオタク文化における忍者イメージを塗り替えました。
10年代の最重要作品の一つとして、オタク史に確実に残ると思います。
どこかですでに書いたことですが、小説版は、文体のリズム感が面白い。
Twitter由来のはずのリズム感が、由緒正しい講談調のリズム感そのままになっている。
最先端と古典がこんなかたちで融合するのか、と驚きました。
 

マルノウチスゴイタカイビル タカイ実際タカイ

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月10日(土)22時47分2秒
返信・引用
  コミックのニンジャスレイヤーを読みました。非常に面白いですね。
なんと言うか、出てくる用語を日常生活から使いたくなるようなインフルエントな作品です。

あらためまして、ドーモ、管理人=サン、B_Dです。
改めて作品自体の解説をする必要も多分ないかとも思われるのですが、ありきたりな通り一遍等のガイジンが考える日本像を逸脱した、超(色んな意味で)ステロタイプ的な日本像。
ブレードランナーばりの系譜に連なる、汚い近未来。UNIX、違法インプラントLAN端子。
セプク、ニンジャ、チャドー、バイオマグロ、ユウジョウ、スモトリ、基本的には正統派ヒーローの復讐劇を描いただけ主軸ながら、毎回登場するさまざまな切り口が全く飽きさせてくれません。
それにしても、日本の様々なモノが大体何らかの危険物になっている気がします。(笑)
その連載と製作の技法も興味深いですね。 小説も結構揃えたので読むのが楽しみです。
 

Re: 大友内装15532回記念セール

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 3月 5日(日)00時20分25秒
返信・引用
  前にも似たようなことを書いた気がしますが、
やはり当該分野で議論がなされるさいの一般的な問題意識を
共有していないと、ちょっと話が噛みあわないので、ここまでにします。
 

大友内装15532回記念セール

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 2月20日(月)19時55分1秒
返信・引用
  うーん。よく分からないですね。
原理的に複製可能な事は自明ですが、実際に複製されたのかが知りたいんです。
ウォーホルは、複製可能なのみならず"真作"を複製を作るような"創作活動"で生み出していますが、デュシャンは翌年"泉たち"とか言って複数の便器を並べて、泉を量産したのか、あるいはデュシャンを虚仮にする目的で誰かが"泉2号"とか言って"贋作"を作成したりしたのか。
そもそも、泉とは、作品を見た人が見た瞬間にいつでも本物になるのか、どこかの倉庫に埋もれている便器の"真作"だけが本物なのか。

以前にもお話ししましたが、涼宮ハルヒの憂鬱のエンドレスエイトを私はまだ見ていません。その上で、感想を言わせていただくと、とても素晴らしい。誰しもが一度は思いつく事を、実際にやったと言う事実が素晴らしいと称賛したいです。八回もほとんど同じ画面のアニメを見るのは苦痛なので、まだこれからも鑑賞するかどうかは未定ですが、見ないでも言えるのではないだろうかと思うのです、素晴らしいと。
とすると、デュシャンの泉も別に本物を見る必要はなくて、教科書でこんな作品がありましたと聞くだけで十分で、本物を見ずとも素晴らしさが分かると言う可能性もあるという事かも??
 

Re: キュウレンジャーとけものフレンズ

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 2月17日(金)12時28分23秒
返信・引用
  ・キュウレンジャー

まだ始まったばかりでどうこう言えるような段階ではないのですが、
第一話の時点で私が痺れたのは、舞台設定のスケールの破天荒な大きさ、
オオカミブルーとオウシブラックの、ガタイがマッシヴでデカい感じ、
そしてメカのコクピットまわりの合体変形のつくり、このへんでしょうか。

あと、カジキイエローのヘルメットデザインが、折れそう&刺さりそうで、
先端恐怖症の人には辛いんじゃないか、と要らぬ心配をしたり。

デンジマンとかいった旧作の見直しはボチボチとやっているのですが、
やはり今放映中の作品にハマる楽しみには別格のものがあるので、
今後の展開にはちょっと期待したいです。

・けものフレンズ

最新話のハシビロコウのデザインに、また「やられた」と唸らされたり。

深読みを誘発させるような仕掛けがとても上手く、私もまんまと乗せられました。
その半面、視聴者の側の深読みを上方向に裏切ってオチをつけるのが大変そう。
煽りでも皮肉でもなく、本気で「けものフレンズは哲学」と言えるような結末まで
期待したくなってしまっていますから。
 

キュウレンジャーとけものフレンズ

 投稿者:nanashi  投稿日:2017年 2月14日(火)21時29分46秒
返信・引用
   ブログ読ませていただきました。
 二つの記事に跨ぐことになるので、こちらにまとめてコメントさせていただきます。

キュウレンジャーについて
 導入は主人公補正で強引に押し切れ、とても楽しかったと思うのですが、今後メンバーが揃った後で、ジャークマターとの戦いが激化するにつれてどのような方法で話を展開させていくのか気になる始まりでもありました。
 レジスタンスの戦いについては、こちらのサイトのテキストにもある「宇宙からのメッセージ」などがあるわけですが、現代でああいった感じにはできないよなぁと考えているので、キュウレンジャーはさてどうするのか。
 個人的にはここ、追い詰め、追い詰められをどう描いていくのかが見どころなのかな、と。
 大きな不安としては、運という明らかに扱い難いものを主人公の設定に組み込んでいるので、ここから崩れやしないかとビクビクもしています。
 私の大好きな映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のような作品にしたいとのスタッフコメントもあるみたいなので、このままの勢いを維持して一年持ってくれればいいのですが。
(ラメ入ったゴーグルやキュウレンオーと、デザインはここ最近で特にグッときています。主題歌バックのキュウレンオーは本当にかっこよかった)

けものフレンズについて
 なんだか一気に広まってびっくりしています。「あっ、これはいいな!」と思って見ていたのですが、まさかこうなるとは……。
 サーバルの言動の背景については正に書かれている通りですよね。それがあるからか、あの子、本当にいつも楽しそう(幸せそう)でいい。
 かばんちゃんの役割は今のところ人間の知恵を伝えてパークを機能させていくことだと思うのですが、その果てに人間の手にどのような答えを与えていくのか、これも楽しみで仕方ありません。
 あと、ツチノコ可愛いです。久しぶりに小林ゆうを心ゆくまで堪能できたのもあって4話本当に好きです。
 

Re: 驚異のX68000対応ゲーム

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 2月14日(火)01時36分43秒
返信・引用
  制度が芸術性を与える、という論点と、制度が唯一性を与える、という論点を混同していませんか。
『泉』の意義にかんする教科書的な説明で出てくるのは、前者であって後者ではないと思います。
そして、前者の論点にとっては、作品そのものの複製可能性が重要な役割を果たしています。
まあ、このへんは、美学の入門書あたりで確認してみてください。
 

驚異のX68000対応ゲーム

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 2月13日(月)02時09分57秒
返信・引用
  あれがただの便器だったのは知ってます。
しかし、それはすなわち芸術として量産出来る、あるいは量産されたか否かとは別だと思うのですが。
端的に言えばあれは、作品であると言う概念自体が芸術な訳ですよね。そして実際に行った製作行為は、名前をつける(あるいはプレートを作る)と言う事のみなわけで、芸術とは言ったモノ勝ちであると言う本質を見事に突いている気がします。あとは、便器自体には汚いイメージがあるけど、それに飲み水を取るような泉ってタイトルをつけた所なんかも発想を変えさせるような効果がある気も。


>>プロゲーマー
この界隈二つの潮流があるみたいでして、早急にこの市場から資金を回収しようとしている一派の方では、プロゲーマー専門学校だの有料動画配信だの、プロゲーマー家庭教師一時間8000円だの←NEW!! 色々と問題が噴出している訳です。
まぁ、銭ゲバはどこにでもいるので瑣末な問題です。

しかしなぁ....
分かりやすく?将棋でたとえると、今年は穴熊の勝率が高かったので、来年から桂馬の飛びをさらに前にニマス伸ばしますみたいな事を毎年やるのが、ゲーム(電子計算機遊戯)な訳で、そこって何か本質的に砂上の楼閣になってる気がしないでもないんですよね。
必死に100m走のフォームをチェックしてたら、来年から月面でかけっこする事になったので三段跳びみたいな走り方の方が速く走れますみたいな徒労感。
そう、徒労感ですね。対象が固定されていれば努力のしようもありますが、対象がコロコロ変わって、それが個人の努力でどうこう出来る範囲を超えていると色々とげんなりすると。
前に誰かが言っていたのですが、絶対に勝てない弱いキャラクターを作るのは簡単で、ボタン押しても攻撃が出ないようにして一発で死ぬようにしておけば必ず相手が勝つ、そしてそう言うものを称してクソゲーと言う...と

遊戯、競技の区別もまた一つの見方ですね。そう言った意味では必ずしも遊戯の道具を用いた"競技"にのみ縛られずとも、"遊戯"を究極まで極めるプロも居てもいいのかもしれません。しかし、それはただの趣味人とも言うかもしれない。

そもそも、何でこの話題を振ったのかが思い出せないのですが、何か思うところがあったような気が。
 

Re: 好きな事くらい自分の金で

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 2月12日(日)23時44分7秒
返信・引用
  「泉」はたしか既製品を買ってきて置いたものだったと記憶しています。
展示されていた便器そのものはどこかへ行ってしまったみたいですね。

プロゲーマー関連の話はよくわかりません。

まあ、漫画を描くのも将棋を指すのも蕎麦を打つのも、どれも趣味でやるのと
商売でやるのとでまったく違うことになるわけですから、同じようなことかと。

ちょっと思い出しましたが、最近出た、中川大地『現代ゲーム全史』の終章に、
ゲームの楽しみを競技の要素と遊戯の要素に分ける議論がありました。
日本のゲーム文化は遊戯の要素が強いとか。
プロゲーマーは競技寄りの存在だと思うので、そのせいで肩身が狭いのかもしれない。
 

好きな事くらい自分の金で

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月26日(木)21時41分34秒
返信・引用
  今度読んできます。

ウォーホルはともかく、「泉」も複製可能な作品だったのですか?
"オリジナル"がちゃんと保管されているか定かでないと言った様な話を小耳に挟んだような気もしましたが、まぁ本質は極端なものの境界から計り知れるかもしれません。

>タイトル
プロゲーマーとしての活躍はさておき(本当にさておき)、最近の講演家としてのウメハラは、またここ数年で若干の意見の変遷を遂げて来て中々にためになります。
トムソーヤの冒険に、ペンキ塗りを心底楽しみながら行った所、皆がこぞってやりたがり、リンゴまで巻き上げたあげくに3度塗りを他人にやらせる話が出てきました。トムソーヤは最後に、ロンドンで馬車を乗り回す貴族の馬鹿騒ぎに、それをするたびに謝礼の金を渡していたらすぐに止めてしまう事だろうと総括しています。
今現在の状況を簡単に言いますと、プロゲーマーと言う職業がいよいよ専業として2ケタの人数が安定するレベルになってきました。
しかし、そんな中で、勝つ為に勝てるキャラクター(あるいは格ゲー以外ならデッキなり装備なり?)を選ぶ。
そして、最低限地道な練習自体がつらいものである事は差っ引いて考えても、ゲームそのものを楽しむと言う純粋な行為から、ゲームを使った競技としての戦いで結果を残す事自体を目的にする様に、変遷してしまっている感があります。
その上でゲームは長くとも一年半で仕様やルールが変わります(調整や新作)。

もちろん暇つぶしのゲームも、何の向上性もないゲームも多々あります。しかし、人と競う終わりのないゲームもある。
本当に楽しむって事は何なんだろうなって事を、何となく考えさせられてしまいます。
小銭稼ぎ、ないし啓発的普及活動くらいはしても、あくまで"趣味"として本業を持ち、"趣味"に人生のほぼほぼ全てを賭けている人もいます。それは、好きなものでメシ食って嫌いになっちゃう本末転倒を起こさない為の一つの接し方かも知れない。
 

Re: シヴィリゼーション3は甲鉄艦テクノロジーツリーの取得を求めるか?

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 1月24日(火)20時45分11秒
返信・引用
  コピー技術と芸術の価値の関係については、ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』が
必読古典文献なので、未読で興味をおもちであれば、是非。

といっても、私もちゃんと読んではいませんが。

また、現代芸術には量産可能性をまさにテーマの一つとした作品もありますよね。
有名すぎて挙げるのが恥ずかしいですが、デュシャンの『泉』やウォーホールの作品とか。
そのへんをあらためて考えるのもいいかもしれません。
 

シヴィリゼーション3は甲鉄艦テクノロジーツリーの取得を求めるか?

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月21日(土)23時49分42秒
返信・引用
  プロペラ機はロストテクノロジーではなくて、技術の進化の方向性が単純な単一方向のベクトルではないという一例ですかね。
つまり、おっしゃる通り本当にジェットエンジンが全てにおいて優れているのなら、全てのプロペラ機はジェットエンジンにとって変わられているはずと言う論法が成り立ってしまう。
ですが、枝打ちされた行き止まりの技術ツリーの中にはエッセンスとしては、プチロストテクノロジーライクなものは色々あります。まさしく、殊に科学技術においてさえ、衰退がおこらなくとも、時間による単純増加的進歩が起きる訳ではないとのご意見の通りです。

>>芸術品
エジプト時代の遺跡には、「最近の若いものは云々」のくだりの文言が刻まれているものがあるのだとか。
何時の世にも人々は一生懸命にその人達の人生を生きており、そういった意味では人間自体は別に進歩したとも言えないのかもしれません。

その上で、その時代の中で人類の一つの頂点にまで到達した物が芸術的に価値のあるものなる。仮に真に芸術的な価値のあるものと、真の芸術的な価値と言うモノがあるとするならですが。
工芸品の類でも、ストラディバリウスなどはロストテクノロジーと呼べるでしょう。
もう一点、現代に入ってから一つ変質した点があると思います。それは、情報に関する事なのですが、アニメ漫画の傑作の類はいくらでも量産や複製が可能です。例えばナウシカのDVDを気軽に買ってこれると言う事は実は、スケッチの好きなおじさんが気軽に完成後5年目くらいの完璧な真のモナリザの真物を居間に気軽に掛けておけると言うのと同じくらい凄い事なのです。
実際には、モナリザは二個あれば片方が偽物ですが、マンガは二個あれば二個とも本物であり、二つとない作品と言うのは、同じほどの感動を与える似たような作品が二度と作れないとか、作者が生きている間しか新作が作られないとか言った事になります。
これは、普及した"製品"の質が芸術作品に比肩したとも言えるでしょう。
また、時として現代芸術がその本質的価値を問われる事の原因の一つにもなってる気もします。タイムマシンにはいくつものパターンがありますが、その中の一つに、過去に戻って何かをしてもそれが現在へと影響を与えない、(並行世界の過去に飛ぶ)と言う方式のものがあります。となると、そう言ったタイムマシーンで、過去からモナリザを持ってきたらそれは確かに本物と言えるでしょう。
そう言った意味での"本物"が10個もあれば、モナリザの価値とはどうなってしまうのか。いや、真の芸術的価値ならともかく、最低限値段はどうなってしまうのか。
そして、同じように現代芸術でいくつも量産が可能な作品であっても、何故わざと一つしか作成をしないのかとも言える。

まぁ、脱線しました。本当の価値ってなんだってのは長らくの疑問です。
人が価値を認める(評価)事が価値を生み出すと言う考え方もあるかも知れません。でも、それってダンベルを宇宙に持っていったら重さを感じないので、だから質量は存在しないと言うような暴論に聞こえるんですよね。

本題に戻りますと、時間的蓄積と言うよりも、人為的偶然性による"発生"とかの方が重要なファクターになってくるかと思います。ただ、ある程度後世にならないと、その価値が定まらない所が問題点かと。
 

Re: ゴルゴ13の航空戦

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 1月16日(月)20時59分33秒
返信・引用 編集済
  あまり「ロストテクノロジー」概念を広く取りすぎると、ポイントが失われてしまいます。
技術進化の枝分かれで、打ち止めになった枝をすべて「ロストテクノロジー」にしてしまうのはまずい。

第一に、製法が「ロスト=失われた」というところが、この浪漫の源泉だと思います。
第二に、道具としてそれなりに現役である、というところも、浪漫としては大事かと。

その意味でプロペラ戦闘機はちょっと弱い気がします。
プロベラ機は、戦闘機として以外にはまだまだ使われているので、製法のロスト感が乏しい。
たぶん現代の技術であれば、太平洋戦争時よりも高性能のプロベラ戦闘機つくれてしまう。
さらに、そういったプロベラ戦闘機をつくったとしても使いどころがない、つまり、道具としての現役感がない。

あと、ロストテクノロジーをもっと広げて「過去の文明が残した偉大な遺産」ということにすると、
実はこれ、人文系や芸術系にとってはまったく普通のことになります。
過去に現代よりも優れたものがある、ということが、当たり前の分野なので。
ロストテクノロジーの浪漫の背後には、自然科学や技術は時間とともに進歩する、という常識的前提がある。
その前提を覆すところに、ロストテクノロジーの面白さがあるわけです。
 

ゴルゴ13の航空戦

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月12日(木)22時48分50秒
返信・引用
  外山恒一の歌の賛美歌の13番と、活動家としての外山恒一の姿勢が好きなB_Dです、こんにちわ。

ゴルゴ13は航空機の操縦技能も卓越したものを持っていて、さらに大胆な発想力で山を破壊してそこを通る事により無人戦闘機のコンピューターをバグらせるなんて事もしていました。
以前にも何かの話題の折に紹介したのですが、あるストーリーでは木と布製の複葉機に搭乗する事によって、最新鋭のステルス戦闘機と同じ効果を生み出すばかりかジェット戦闘機による撃墜可能性を著しく下げる行為までやってのけました。
そもそも論として、そもそも何故木で出来た飛行機を金属製にして、ジェットエンジンを積み、速度と旋回半径を上げなければいけなかったのかと言えば、それは戦術の移り変わりの要請としか言い様がありません。戦闘機は、まずはじめに防弾性能や機体の剛性を上げるために金属製になり、やがて迎撃・護衛対象である爆撃機の高速化に伴い同様に高速大型化していきました。ジェットエンジンの実用化以降は、戦略的にもジェットエンジンを積んだ航空機は同じくジェットエンジンを積んだ機体にしか落とせないために、ジェット化、高速化、大型化、電子化、ミサイル武装化が進んでいきました。

しかしここで言える事は、ジェット戦闘機はプロペラ複葉機に対して、全ての面で完全に勝って進化しているわけではないと言う事です。(費用は除くにしても)
技術の進化とは、短小軽薄や加工技術のブレイクスルーを除けば、常に100のモノが200になるのではなく、100のものがまず80まで落ちてから別な方向で150になると言った発展の仕方をしていきます。
あるいは、一つの技術体系の完成形を100とした時に、ひどい時は40程度のものが、全く別系統に220くらいまで進化したりする。
その時に幹に成り損ねた、技術発展の枝葉の先っぽがロストテクノロジー(の一つ)です。

さて、すぱっと論点を整理して、「ロストテクノロジーには3つある」と言い切れる管理人さんがとても羨ましい所ですが、そうカエサルもガリア戦記の最初をそんな風に書き出していました。(よくよく読み返してみると若干表現をやわらかく書いていらっしゃいますね、失礼しました)

資本主義とか、世の流れとか、技術的淘汰とか色々あって作れなくなるのはまぁまぁあります。 液晶よりブラウン管の方が画質や発色が良かったけど、重くて電気を食ったし、ブラウン管の原理を利用した新薄型ディスプレイもまずまず頓挫してしまった。

技術的衰退点というのは、今さっき思いついたのですが、もしかしたらAIが一役買ってくれるかもしれませんね。なんでもかんでもホイホイAIに代行させて、知のブラックボックス化が進み、ある時点でアクシデントにより一気に全て失われる。
これは技術的蹉跌にすぎないので、ある程度瑣末な問題ではあるのですが、果たして科学技術が無限に発展していくものなのかどうかはなんとも言えない所だと思います。
さてSFの話になりますが、太古の超文明が残した現代では及びもつかないロストテクノロジー達と言う話には一つ冷静なつっこみが出来てしまいます。
ずばりの答えを言う前に、ロストテクノロジーと似て非ならぬモノの存在に気づいてしまったのでその言葉を紹介したいと思います。

徳川埋蔵金。
15年の月日をかけ捜し求めた徳川埋蔵金。
ロストテクノロジーのロマンを一気に醒めさせてくれる言葉、徳川埋蔵金です。

そう、「埋蔵金なんて残してる余裕があったら勝って官軍になってるわ。」
「埋蔵金なんてあったらとっくに使い切ってるに決まってるわ」
と言う理屈と同じように、
「現代よりも優れた技術があったならそもそも滅亡せずに続いているわ」
と言う突っ込みが出来てしまいぞうきん。


>>『終末のハーレム』はちゃんと読んでないです。そのうえでちょっとだけ。
終末のハーレムは読んだか?読まなくていいぞ。私も読んでない。
嘘です。橙子さんの真似をしてみました。

一言で言えば、帯に書いてあるあらすじから想像したような内容そのまんまの内容でした。読まなくても大体あってますよ。


○老化について。
最近ショックだった事として、化物語のシリーズ名がすらすらとすぐに覚えられない、むしろ未だに覚えられないと言う事に、これは老化あるいはオタク能力の喪失が起きたのかと戦慄した事があげられます。

最近のラノベのタイトルを見ていると、つまらないとか嫌いとか言う以前に、なんだか頭が痛くなってきます。
チートの主人公が、やる気はないけど、転生したら、村人Aが、雑貨屋が、居酒屋が....
これって、なんかなろうがどうしたこうしたのサイトの弊害ですかね?


おまえら普通に勇者になって魔王を倒しに行きやがれ。
 

Re: ゆうきまさみの泣き言

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 1月11日(水)02時18分22秒
返信・引用
  『終末のハーレム』はちゃんと読んでないです。そのうえでちょっとだけ。

昔、こんなことを書きました。

> ハーレム状態には、特殊な事情がある。
> ハーレム状態を設定するためには、「なぜ他ならぬこの主人公がそんなにモテるのか」
> についての説得的な説明を提示しなければならないのである。

そこから私は「なぜ他の人ではなく主人公なのか」のパターンをいくつか挙げていったのですが、
そのときには、この作品のような「他に男性がいないから」というパターンは見落としていました。
わりと見かけるパターンではあるのですけれどもね。

ただ、このパターン、ハードSF方向に振るか、実用性特化のエロ方向に振るか、どちらかにしないと
あまり面白くならないように思うので、この作品がどうその点クリアするのか気にはなります。

ロストテクノロジーはいくつかタイプがあります。

(1)もう役に立たなくなって、作りかたがよくわからなくなったもの。
(2)今でももちろん作れるが、昔の人がどう作ったのかわからないもの。
(3)とても役に立つが、今では作りかたがわからなくなったもの。

現実で話題になるのは(1)がほとんどで、(3)は虚構のうちにしかないですね。
また、(2)は道具などの人工物よりも、行為についてのほうがありそうかな。
「今でももちろんできるが、昔の人がどうやったのかわからないもの」というわけです。
ヘイエルダールのコンティキ号での航海とか、それ系のロマンの追求ですね。
 

ゆうきまさみの泣き言

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月 6日(金)02時07分51秒
返信・引用
  終末のハーレムを読みました。
まぁ、こういう話誰でも思いつきますよね。私も思いつきました。
でも、それで先をこされて悔しいとか言うよりも、とても質の高い作画としてオトコのコの妄想を、漫画化して提供してくれる事に「あぁ、いい時代だなぁ」と感じ入ったりしています。

一点気になった点として、科学技術の衰退と言うものは、これからもう一度起こりうるのか否か? これはSFでは結構テーマになっているかと思います。
ローマ時代の水道橋があまりにも精密すぎて、中世には悪魔が作ったと思われていたとか何とか。 しかし、考えてみればロストテクノロジー化と言うのは今も現在進行形で起きたりはしているのですよね。
使いやすいVHSビデオデッキのコントローラーとアフォーダンス、大正時代に作られた印字機のニコイチならぬ10個7、製造不能な戦艦ヤマトの大砲、ロータリーエンジン、Falloutの世界に残った現存する最後のストラディバリウス(ぉぃ)。
3万年持つと期待される石英製のメディアなどは、人類の科学技術の衰退も見越して、虫眼鏡やちょっとした光の回折程度で読み取れるようになっているのだとか。

ロストテクノロジーって言葉なんだかロマン掻き立てます。そして後の世の人々が、一生懸命節約して使い、皇国の守護者の新城直衛みたいなヤツが惜しげもなく全部使い果たしちゃったり。
最後まで読んでませんが、ジパングなんかでも、修理不能なフェーズドアレイレーダーの破損や、補充不可能なミサイルの使用など、何となく身を切られる思いですね。

しまった、なぜかロストテクノロジー萌えの話になってしまった。でも、ロマンと哀愁があります。
 

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