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馬から落馬して頭痛が痛い時、こめかみを押さえつつ、声を荒ららげないで...

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月29日(木)05時24分48秒
返信・引用
  落馬は馬から落ちることなので、馬から落馬とは言わない。
頭痛が痛いとは言わない。
頭痛がする時に押さえてるそこはこめかみではなく眉間。(こめかみも効きますが)
声はあらげるものではなく、あららげるもの。

最近のスタジオの芸風には疎いのですが、「正しい意味での確信犯」と言う言葉がちょっと色んな事を想起してくれました。


シミュレーションと言う言葉に対して、飲み込んで大人になるまでに随分と長い時間がかかりました。いわゆる「シュミレーション」問題ですね。
私も例に漏れず、まずシュミレーションで覚えて、直接ではないですが誤用との指摘は知り、(それ以前からsimulationの正しい英語のスペルは知っていた)、様々な葛藤を経てシミュレーションと発音し、表記し、使用するように修正しました。
その過程で「子供の屁理屈」は沢山考えもしました。
シュミレーションの方が言いやすい。
人口の51%以上がそちらを使っていたら、それが正しい用法と言う事になるのではないだろうか。
伝わるから問題ない。
正しい語源から導かれる発音とは別に、一言で誤用と斬って捨てる態度はいかがなものか。正確には国語力自体が高いが相手の言わんとしている所を汲み取ろうとする気持ちが足りないのではないか、あるいは日常生活や会話でも消去法の類を使いそうな人の気がする。(例えば、「それ以外に何があるんですか?」とか言う人に多そう。)
俺は、分かってて好きだから間違った方の用法を使ってるんだ。(ニコラス・ケイジの、ロードオブウォーと言う映画の中に出てくる独裁者が、英語の間違いを指摘されると「ありがとう、でも私は私の言い方の方が好きだ」と言っていました。)
英語の時はSimulationと発音してるので問題ない。
シュとシの間の音とミュとミの間の音を繋げたような発音で言おう。

色々考えたものです。気持ちの整理がつくまでの過程を思い返してみると正直感慨深いものがあります。
そうさつと言う言葉は最近一部の辞書に載るようになったのですが、そうさいは比較的早く直しました。敷居が高く感じるを対人関係以外で使う際は、ハードルが高く感じると言うべき。
正直こう言ったものは、一言で言えば我流でない方法の学習が足りない子供の何らかの"反感"が引くに引けなくなっているだけなのではないでしょうか。
言語を学習する過程と言うのは、全ての単語を辞書で引く訳ではなく、非常に多様な類推を用いるものですが、時として"誤用"には正しい用法以上に論理的整合性がある事すらある。
ただ、今の素直な気持ちを言えば、「どっち使うかも好き好きでいいし、人の誤用に目くじら立てなくてもいいけど、最低限正しい用法(あるいは国語的に本来の用法)が何なのかは知っている方がより良いよね。」くらいですかね。

正しい日本語ってどこで習うんだろう。

さて、本題です。
白状しますと、確信犯と言う言葉を聞いて、何か一般的には誤用が広まっているんだったなーとか、正しい意味の確信犯の使い方もよく聞くなと思ってとりあえずwikipediaで調べました。(もちろんwikipediaの信頼性には常に疑いつつですが。)
とりあえず、正用を法律に違反する事を悪くないと判断する信条の持ち主、誤用を故意犯や法律に違反している事自体を知っていただけの人とします。

前文で力尽きたorz...

さてここでは、とりあえず手を抜いたと受け取られかねない作品を作る事を、仮にヤシガニ禁止法違反であるとでも定義するとします。

ここで、話を更に脱線させると、ヤシガニ禁止法は犯意と状況証拠の2つの側面を持ちます。予算と納期がきついのでやっつけで作ってしまおうだと犯意としてアウト、ネタとしてやったら面白いかと思ってだと犯意としてセーフ、予算や人員を予め用意していれば状況証拠としてセーフ、なければアウト。
待てよ、これだと確信犯と犯意の有無がごっちゃになってるのかな?

まぁ、何にせよ、エンドレスエイトが無罪、犯意なし状況証拠が無罪。
ヤシガニがあらゆる面で有罪。犯意あり、状況証拠も有罪。
そしてニンジャスレイヤーが有罪、確信犯かつ状況証拠が有罪となる?

駄目だな。本来書きたかった何かかくまえに前置きを書いてたら、何言いたかったのか忘れてしまいました。 適当に読み飛ばして下さい。
 
 

Re: その者、前科者につき

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 6月28日(水)20時03分31秒
返信・引用
  忍殺におけるTRIGGERは語の正しい意味で確信犯であるように私には思われました。
また、TRIGGERの芸風については熱心なファンも多いので、そこも難しいところです。
私はあまり肌に合わないのですが。
それこそ『リトルウィッチアカデミア』くらいです、ちゃんと見ることができたのは。
忍殺の再度のアニメ化については、根拠はありませんが、あってもおかしくない気がします。
 

その者、前科者につき

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月24日(土)06時20分8秒
返信・引用
  彼氏彼女の事情で庵野監督が、ノートの切れ端にキャラの絵を描いて、割り箸につけて動かす紙芝居演出をした時に感じた最初の感想は、「まーたやらかしたよ」でした。当時エヴァ最終回の壮大な肩透かしの余韻もさめやらぬまま、カレカノ一話では、超見栄っ張り型汎用人型決戦兵器ゆきのんの発進シーンなどは中々の笑い事で済まされていましたが、紙芝居登場時、予算、納期、手抜きの三語が頭の中をよぎりました。
度々引き合いに出していますが、そしてまだ見てないのですが、壮大な悪ふざけと言うのは、京アニが気合と予算をかけてエンドレスエイトをやるくらいの説得力を持って始めて成り立つものだと思います。 世間一般での評価は芳しくなかったですが。
シャフトくらいで、またシャフトがやらかしてくれたよ(好意的な笑い)で済みますが、確固たるクオリティの実績があってこそ始めて資格が得られるとでも言いましょうか。 よく、ピカソは昔の方が絵がうまかったと言う一般人の意見を聞きますが、ここではその仔細の如何はおいておいて、晩年のキュピズムや崩壊したような芸術の再構築も、わすが15歳の時に写真のような(初心者の言い勝ちなほめ言葉ですが)静物画を描いていたと言う実績があってこそ初めて説得力を持ってくる。

しかし、望みもあります。 ヘルシングTV版は、なんだかよく分からないものでした。それに対し、完全に黒歴史化しての完全アニメ化OVAが作成されました。
あえて、中途半端に良い出来な事もある、程度のつくりではなく、全く冗談のような作りだからこそ、コミック版のようなハイクオリティで完全なアニメ化をもう一度する機会はあると思われるのです。
 

忍殺

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 6月20日(火)20時53分7秒
返信・引用 編集済
  > B_Dさん

『ニンジャスレイヤー』はすべてわかってやっていると私も思います。
全体の仕掛けからして一つのネタになっている、というわけで。

> ますださん

アニメ版ですが、原作の「全体の仕掛けからして一つのネタになっている」というところを
別ジャンルで表現しようとしてあのようにしたのではないか、と私は思います。
ただ、それが十分に成功していたか、と問われれば、私も答えは否定的です。
TRIGGER作品にありがちな「視聴者を無視して悪ふざけする」癖が、悪い方向に出たかな、と。
 

アニメ版ニンジャスレイヤーについて

 投稿者:ますだ  投稿日:2017年 6月20日(火)13時37分5秒
返信・引用
   日本のファンタジーが、「中世ヨーロッパ風」と言ってるくせに19世紀風のメイドさん出してるわけですから、ニンジャスレイヤーはそれと同じような感じで時代を混ぜている(おそらく、わざと)だと思いますよ。
 私がニンジャスレイヤーで不思議に思っているのは、アニメ版です。
 どうして普通のアニメではなくて、紙芝居というか、フラッシュアニメというか、ああいう極端にチープな映像にしたのでしょうか。
 説得力のある説明を私は知りません。
 

今日から使いたいニンジャスレイヤー語録

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月18日(日)18時59分6秒
返信・引用
  なるほど、古さとの融合ですか。
講談とかは昭和の初期くらい、テレビが普及するまで流行っていたのでしたっけ。
良いものには時代を超えた普遍性があるのかもしれませんね。

英語版の書籍が入手不可能なのが惜しまれます。
てっきり和訳した作品だとばかり思っていたら、ツイッター→直接和訳出版との事で、変な言い方ですが逆輸入二重輸出和製作品とでも言うべき形態で。

普通の二流作品の間違った日本観は、「おかしいだろ!!」と突っ込まれてあるいは笑い物にされて終わりですが(実際、海外作品に登場する日本をネットで面白おかしく紹介しているサイトを見るのは好きです)、アオリ文句の「日本よこれがニンジャだ!!」の言葉ではないですが、「日本よこれがニホンだ!!」とでも言うべき、迫力で押し切る日本観、正直かなり造詣が深い上である程度わざと間違えている部分もあるかと思います。
辞世の句と俳句を混同してたり、日本の古い時代がほぼ平安時代オンリーだったりしますが、迫力の暴力の前ではゴジュッポヒャッポですね。
 

Re: マルノウチスゴイタカイビル タカイ実際タカイ

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 6月12日(月)22時32分27秒
返信・引用
  『ニンジャスレイヤー』はたった一撃でオタク文化における忍者イメージを塗り替えました。
10年代の最重要作品の一つとして、オタク史に確実に残ると思います。
どこかですでに書いたことですが、小説版は、文体のリズム感が面白い。
Twitter由来のはずのリズム感が、由緒正しい講談調のリズム感そのままになっている。
最先端と古典がこんなかたちで融合するのか、と驚きました。
 

マルノウチスゴイタカイビル タカイ実際タカイ

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 6月10日(土)22時47分2秒
返信・引用
  コミックのニンジャスレイヤーを読みました。非常に面白いですね。
なんと言うか、出てくる用語を日常生活から使いたくなるようなインフルエントな作品です。

あらためまして、ドーモ、管理人=サン、B_Dです。
改めて作品自体の解説をする必要も多分ないかとも思われるのですが、ありきたりな通り一遍等のガイジンが考える日本像を逸脱した、超(色んな意味で)ステロタイプ的な日本像。
ブレードランナーばりの系譜に連なる、汚い近未来。UNIX、違法インプラントLAN端子。
セプク、ニンジャ、チャドー、バイオマグロ、ユウジョウ、スモトリ、基本的には正統派ヒーローの復讐劇を描いただけ主軸ながら、毎回登場するさまざまな切り口が全く飽きさせてくれません。
それにしても、日本の様々なモノが大体何らかの危険物になっている気がします。(笑)
その連載と製作の技法も興味深いですね。 小説も結構揃えたので読むのが楽しみです。
 

Re: 大友内装15532回記念セール

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 3月 5日(日)00時20分25秒
返信・引用
  前にも似たようなことを書いた気がしますが、
やはり当該分野で議論がなされるさいの一般的な問題意識を
共有していないと、ちょっと話が噛みあわないので、ここまでにします。
 

大友内装15532回記念セール

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 2月20日(月)19時55分1秒
返信・引用
  うーん。よく分からないですね。
原理的に複製可能な事は自明ですが、実際に複製されたのかが知りたいんです。
ウォーホルは、複製可能なのみならず"真作"を複製を作るような"創作活動"で生み出していますが、デュシャンは翌年"泉たち"とか言って複数の便器を並べて、泉を量産したのか、あるいはデュシャンを虚仮にする目的で誰かが"泉2号"とか言って"贋作"を作成したりしたのか。
そもそも、泉とは、作品を見た人が見た瞬間にいつでも本物になるのか、どこかの倉庫に埋もれている便器の"真作"だけが本物なのか。

以前にもお話ししましたが、涼宮ハルヒの憂鬱のエンドレスエイトを私はまだ見ていません。その上で、感想を言わせていただくと、とても素晴らしい。誰しもが一度は思いつく事を、実際にやったと言う事実が素晴らしいと称賛したいです。八回もほとんど同じ画面のアニメを見るのは苦痛なので、まだこれからも鑑賞するかどうかは未定ですが、見ないでも言えるのではないだろうかと思うのです、素晴らしいと。
とすると、デュシャンの泉も別に本物を見る必要はなくて、教科書でこんな作品がありましたと聞くだけで十分で、本物を見ずとも素晴らしさが分かると言う可能性もあるという事かも??
 

Re: キュウレンジャーとけものフレンズ

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 2月17日(金)12時28分23秒
返信・引用
  ・キュウレンジャー

まだ始まったばかりでどうこう言えるような段階ではないのですが、
第一話の時点で私が痺れたのは、舞台設定のスケールの破天荒な大きさ、
オオカミブルーとオウシブラックの、ガタイがマッシヴでデカい感じ、
そしてメカのコクピットまわりの合体変形のつくり、このへんでしょうか。

あと、カジキイエローのヘルメットデザインが、折れそう&刺さりそうで、
先端恐怖症の人には辛いんじゃないか、と要らぬ心配をしたり。

デンジマンとかいった旧作の見直しはボチボチとやっているのですが、
やはり今放映中の作品にハマる楽しみには別格のものがあるので、
今後の展開にはちょっと期待したいです。

・けものフレンズ

最新話のハシビロコウのデザインに、また「やられた」と唸らされたり。

深読みを誘発させるような仕掛けがとても上手く、私もまんまと乗せられました。
その半面、視聴者の側の深読みを上方向に裏切ってオチをつけるのが大変そう。
煽りでも皮肉でもなく、本気で「けものフレンズは哲学」と言えるような結末まで
期待したくなってしまっていますから。
 

キュウレンジャーとけものフレンズ

 投稿者:nanashi  投稿日:2017年 2月14日(火)21時29分46秒
返信・引用
   ブログ読ませていただきました。
 二つの記事に跨ぐことになるので、こちらにまとめてコメントさせていただきます。

キュウレンジャーについて
 導入は主人公補正で強引に押し切れ、とても楽しかったと思うのですが、今後メンバーが揃った後で、ジャークマターとの戦いが激化するにつれてどのような方法で話を展開させていくのか気になる始まりでもありました。
 レジスタンスの戦いについては、こちらのサイトのテキストにもある「宇宙からのメッセージ」などがあるわけですが、現代でああいった感じにはできないよなぁと考えているので、キュウレンジャーはさてどうするのか。
 個人的にはここ、追い詰め、追い詰められをどう描いていくのかが見どころなのかな、と。
 大きな不安としては、運という明らかに扱い難いものを主人公の設定に組み込んでいるので、ここから崩れやしないかとビクビクもしています。
 私の大好きな映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のような作品にしたいとのスタッフコメントもあるみたいなので、このままの勢いを維持して一年持ってくれればいいのですが。
(ラメ入ったゴーグルやキュウレンオーと、デザインはここ最近で特にグッときています。主題歌バックのキュウレンオーは本当にかっこよかった)

けものフレンズについて
 なんだか一気に広まってびっくりしています。「あっ、これはいいな!」と思って見ていたのですが、まさかこうなるとは……。
 サーバルの言動の背景については正に書かれている通りですよね。それがあるからか、あの子、本当にいつも楽しそう(幸せそう)でいい。
 かばんちゃんの役割は今のところ人間の知恵を伝えてパークを機能させていくことだと思うのですが、その果てに人間の手にどのような答えを与えていくのか、これも楽しみで仕方ありません。
 あと、ツチノコ可愛いです。久しぶりに小林ゆうを心ゆくまで堪能できたのもあって4話本当に好きです。
 

Re: 驚異のX68000対応ゲーム

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 2月14日(火)01時36分43秒
返信・引用
  制度が芸術性を与える、という論点と、制度が唯一性を与える、という論点を混同していませんか。
『泉』の意義にかんする教科書的な説明で出てくるのは、前者であって後者ではないと思います。
そして、前者の論点にとっては、作品そのものの複製可能性が重要な役割を果たしています。
まあ、このへんは、美学の入門書あたりで確認してみてください。
 

驚異のX68000対応ゲーム

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 2月13日(月)02時09分57秒
返信・引用
  あれがただの便器だったのは知ってます。
しかし、それはすなわち芸術として量産出来る、あるいは量産されたか否かとは別だと思うのですが。
端的に言えばあれは、作品であると言う概念自体が芸術な訳ですよね。そして実際に行った製作行為は、名前をつける(あるいはプレートを作る)と言う事のみなわけで、芸術とは言ったモノ勝ちであると言う本質を見事に突いている気がします。あとは、便器自体には汚いイメージがあるけど、それに飲み水を取るような泉ってタイトルをつけた所なんかも発想を変えさせるような効果がある気も。


>>プロゲーマー
この界隈二つの潮流があるみたいでして、早急にこの市場から資金を回収しようとしている一派の方では、プロゲーマー専門学校だの有料動画配信だの、プロゲーマー家庭教師一時間8000円だの←NEW!! 色々と問題が噴出している訳です。
まぁ、銭ゲバはどこにでもいるので瑣末な問題です。

しかしなぁ....
分かりやすく?将棋でたとえると、今年は穴熊の勝率が高かったので、来年から桂馬の飛びをさらに前にニマス伸ばしますみたいな事を毎年やるのが、ゲーム(電子計算機遊戯)な訳で、そこって何か本質的に砂上の楼閣になってる気がしないでもないんですよね。
必死に100m走のフォームをチェックしてたら、来年から月面でかけっこする事になったので三段跳びみたいな走り方の方が速く走れますみたいな徒労感。
そう、徒労感ですね。対象が固定されていれば努力のしようもありますが、対象がコロコロ変わって、それが個人の努力でどうこう出来る範囲を超えていると色々とげんなりすると。
前に誰かが言っていたのですが、絶対に勝てない弱いキャラクターを作るのは簡単で、ボタン押しても攻撃が出ないようにして一発で死ぬようにしておけば必ず相手が勝つ、そしてそう言うものを称してクソゲーと言う...と

遊戯、競技の区別もまた一つの見方ですね。そう言った意味では必ずしも遊戯の道具を用いた"競技"にのみ縛られずとも、"遊戯"を究極まで極めるプロも居てもいいのかもしれません。しかし、それはただの趣味人とも言うかもしれない。

そもそも、何でこの話題を振ったのかが思い出せないのですが、何か思うところがあったような気が。
 

Re: 好きな事くらい自分の金で

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 2月12日(日)23時44分7秒
返信・引用
  「泉」はたしか既製品を買ってきて置いたものだったと記憶しています。
展示されていた便器そのものはどこかへ行ってしまったみたいですね。

プロゲーマー関連の話はよくわかりません。

まあ、漫画を描くのも将棋を指すのも蕎麦を打つのも、どれも趣味でやるのと
商売でやるのとでまったく違うことになるわけですから、同じようなことかと。

ちょっと思い出しましたが、最近出た、中川大地『現代ゲーム全史』の終章に、
ゲームの楽しみを競技の要素と遊戯の要素に分ける議論がありました。
日本のゲーム文化は遊戯の要素が強いとか。
プロゲーマーは競技寄りの存在だと思うので、そのせいで肩身が狭いのかもしれない。
 

好きな事くらい自分の金で

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月26日(木)21時41分34秒
返信・引用
  今度読んできます。

ウォーホルはともかく、「泉」も複製可能な作品だったのですか?
"オリジナル"がちゃんと保管されているか定かでないと言った様な話を小耳に挟んだような気もしましたが、まぁ本質は極端なものの境界から計り知れるかもしれません。

>タイトル
プロゲーマーとしての活躍はさておき(本当にさておき)、最近の講演家としてのウメハラは、またここ数年で若干の意見の変遷を遂げて来て中々にためになります。
トムソーヤの冒険に、ペンキ塗りを心底楽しみながら行った所、皆がこぞってやりたがり、リンゴまで巻き上げたあげくに3度塗りを他人にやらせる話が出てきました。トムソーヤは最後に、ロンドンで馬車を乗り回す貴族の馬鹿騒ぎに、それをするたびに謝礼の金を渡していたらすぐに止めてしまう事だろうと総括しています。
今現在の状況を簡単に言いますと、プロゲーマーと言う職業がいよいよ専業として2ケタの人数が安定するレベルになってきました。
しかし、そんな中で、勝つ為に勝てるキャラクター(あるいは格ゲー以外ならデッキなり装備なり?)を選ぶ。
そして、最低限地道な練習自体がつらいものである事は差っ引いて考えても、ゲームそのものを楽しむと言う純粋な行為から、ゲームを使った競技としての戦いで結果を残す事自体を目的にする様に、変遷してしまっている感があります。
その上でゲームは長くとも一年半で仕様やルールが変わります(調整や新作)。

もちろん暇つぶしのゲームも、何の向上性もないゲームも多々あります。しかし、人と競う終わりのないゲームもある。
本当に楽しむって事は何なんだろうなって事を、何となく考えさせられてしまいます。
小銭稼ぎ、ないし啓発的普及活動くらいはしても、あくまで"趣味"として本業を持ち、"趣味"に人生のほぼほぼ全てを賭けている人もいます。それは、好きなものでメシ食って嫌いになっちゃう本末転倒を起こさない為の一つの接し方かも知れない。
 

Re: シヴィリゼーション3は甲鉄艦テクノロジーツリーの取得を求めるか?

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 1月24日(火)20時45分11秒
返信・引用
  コピー技術と芸術の価値の関係については、ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』が
必読古典文献なので、未読で興味をおもちであれば、是非。

といっても、私もちゃんと読んではいませんが。

また、現代芸術には量産可能性をまさにテーマの一つとした作品もありますよね。
有名すぎて挙げるのが恥ずかしいですが、デュシャンの『泉』やウォーホールの作品とか。
そのへんをあらためて考えるのもいいかもしれません。
 

シヴィリゼーション3は甲鉄艦テクノロジーツリーの取得を求めるか?

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月21日(土)23時49分42秒
返信・引用
  プロペラ機はロストテクノロジーではなくて、技術の進化の方向性が単純な単一方向のベクトルではないという一例ですかね。
つまり、おっしゃる通り本当にジェットエンジンが全てにおいて優れているのなら、全てのプロペラ機はジェットエンジンにとって変わられているはずと言う論法が成り立ってしまう。
ですが、枝打ちされた行き止まりの技術ツリーの中にはエッセンスとしては、プチロストテクノロジーライクなものは色々あります。まさしく、殊に科学技術においてさえ、衰退がおこらなくとも、時間による単純増加的進歩が起きる訳ではないとのご意見の通りです。

>>芸術品
エジプト時代の遺跡には、「最近の若いものは云々」のくだりの文言が刻まれているものがあるのだとか。
何時の世にも人々は一生懸命にその人達の人生を生きており、そういった意味では人間自体は別に進歩したとも言えないのかもしれません。

その上で、その時代の中で人類の一つの頂点にまで到達した物が芸術的に価値のあるものなる。仮に真に芸術的な価値のあるものと、真の芸術的な価値と言うモノがあるとするならですが。
工芸品の類でも、ストラディバリウスなどはロストテクノロジーと呼べるでしょう。
もう一点、現代に入ってから一つ変質した点があると思います。それは、情報に関する事なのですが、アニメ漫画の傑作の類はいくらでも量産や複製が可能です。例えばナウシカのDVDを気軽に買ってこれると言う事は実は、スケッチの好きなおじさんが気軽に完成後5年目くらいの完璧な真のモナリザの真物を居間に気軽に掛けておけると言うのと同じくらい凄い事なのです。
実際には、モナリザは二個あれば片方が偽物ですが、マンガは二個あれば二個とも本物であり、二つとない作品と言うのは、同じほどの感動を与える似たような作品が二度と作れないとか、作者が生きている間しか新作が作られないとか言った事になります。
これは、普及した"製品"の質が芸術作品に比肩したとも言えるでしょう。
また、時として現代芸術がその本質的価値を問われる事の原因の一つにもなってる気もします。タイムマシンにはいくつものパターンがありますが、その中の一つに、過去に戻って何かをしてもそれが現在へと影響を与えない、(並行世界の過去に飛ぶ)と言う方式のものがあります。となると、そう言ったタイムマシーンで、過去からモナリザを持ってきたらそれは確かに本物と言えるでしょう。
そう言った意味での"本物"が10個もあれば、モナリザの価値とはどうなってしまうのか。いや、真の芸術的価値ならともかく、最低限値段はどうなってしまうのか。
そして、同じように現代芸術でいくつも量産が可能な作品であっても、何故わざと一つしか作成をしないのかとも言える。

まぁ、脱線しました。本当の価値ってなんだってのは長らくの疑問です。
人が価値を認める(評価)事が価値を生み出すと言う考え方もあるかも知れません。でも、それってダンベルを宇宙に持っていったら重さを感じないので、だから質量は存在しないと言うような暴論に聞こえるんですよね。

本題に戻りますと、時間的蓄積と言うよりも、人為的偶然性による"発生"とかの方が重要なファクターになってくるかと思います。ただ、ある程度後世にならないと、その価値が定まらない所が問題点かと。
 

Re: ゴルゴ13の航空戦

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 1月16日(月)20時59分33秒
返信・引用 編集済
  あまり「ロストテクノロジー」概念を広く取りすぎると、ポイントが失われてしまいます。
技術進化の枝分かれで、打ち止めになった枝をすべて「ロストテクノロジー」にしてしまうのはまずい。

第一に、製法が「ロスト=失われた」というところが、この浪漫の源泉だと思います。
第二に、道具としてそれなりに現役である、というところも、浪漫としては大事かと。

その意味でプロペラ戦闘機はちょっと弱い気がします。
プロベラ機は、戦闘機として以外にはまだまだ使われているので、製法のロスト感が乏しい。
たぶん現代の技術であれば、太平洋戦争時よりも高性能のプロベラ戦闘機つくれてしまう。
さらに、そういったプロベラ戦闘機をつくったとしても使いどころがない、つまり、道具としての現役感がない。

あと、ロストテクノロジーをもっと広げて「過去の文明が残した偉大な遺産」ということにすると、
実はこれ、人文系や芸術系にとってはまったく普通のことになります。
過去に現代よりも優れたものがある、ということが、当たり前の分野なので。
ロストテクノロジーの浪漫の背後には、自然科学や技術は時間とともに進歩する、という常識的前提がある。
その前提を覆すところに、ロストテクノロジーの面白さがあるわけです。
 

ゴルゴ13の航空戦

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月12日(木)22時48分50秒
返信・引用
  外山恒一の歌の賛美歌の13番と、活動家としての外山恒一の姿勢が好きなB_Dです、こんにちわ。

ゴルゴ13は航空機の操縦技能も卓越したものを持っていて、さらに大胆な発想力で山を破壊してそこを通る事により無人戦闘機のコンピューターをバグらせるなんて事もしていました。
以前にも何かの話題の折に紹介したのですが、あるストーリーでは木と布製の複葉機に搭乗する事によって、最新鋭のステルス戦闘機と同じ効果を生み出すばかりかジェット戦闘機による撃墜可能性を著しく下げる行為までやってのけました。
そもそも論として、そもそも何故木で出来た飛行機を金属製にして、ジェットエンジンを積み、速度と旋回半径を上げなければいけなかったのかと言えば、それは戦術の移り変わりの要請としか言い様がありません。戦闘機は、まずはじめに防弾性能や機体の剛性を上げるために金属製になり、やがて迎撃・護衛対象である爆撃機の高速化に伴い同様に高速大型化していきました。ジェットエンジンの実用化以降は、戦略的にもジェットエンジンを積んだ航空機は同じくジェットエンジンを積んだ機体にしか落とせないために、ジェット化、高速化、大型化、電子化、ミサイル武装化が進んでいきました。

しかしここで言える事は、ジェット戦闘機はプロペラ複葉機に対して、全ての面で完全に勝って進化しているわけではないと言う事です。(費用は除くにしても)
技術の進化とは、短小軽薄や加工技術のブレイクスルーを除けば、常に100のモノが200になるのではなく、100のものがまず80まで落ちてから別な方向で150になると言った発展の仕方をしていきます。
あるいは、一つの技術体系の完成形を100とした時に、ひどい時は40程度のものが、全く別系統に220くらいまで進化したりする。
その時に幹に成り損ねた、技術発展の枝葉の先っぽがロストテクノロジー(の一つ)です。

さて、すぱっと論点を整理して、「ロストテクノロジーには3つある」と言い切れる管理人さんがとても羨ましい所ですが、そうカエサルもガリア戦記の最初をそんな風に書き出していました。(よくよく読み返してみると若干表現をやわらかく書いていらっしゃいますね、失礼しました)

資本主義とか、世の流れとか、技術的淘汰とか色々あって作れなくなるのはまぁまぁあります。 液晶よりブラウン管の方が画質や発色が良かったけど、重くて電気を食ったし、ブラウン管の原理を利用した新薄型ディスプレイもまずまず頓挫してしまった。

技術的衰退点というのは、今さっき思いついたのですが、もしかしたらAIが一役買ってくれるかもしれませんね。なんでもかんでもホイホイAIに代行させて、知のブラックボックス化が進み、ある時点でアクシデントにより一気に全て失われる。
これは技術的蹉跌にすぎないので、ある程度瑣末な問題ではあるのですが、果たして科学技術が無限に発展していくものなのかどうかはなんとも言えない所だと思います。
さてSFの話になりますが、太古の超文明が残した現代では及びもつかないロストテクノロジー達と言う話には一つ冷静なつっこみが出来てしまいます。
ずばりの答えを言う前に、ロストテクノロジーと似て非ならぬモノの存在に気づいてしまったのでその言葉を紹介したいと思います。

徳川埋蔵金。
15年の月日をかけ捜し求めた徳川埋蔵金。
ロストテクノロジーのロマンを一気に醒めさせてくれる言葉、徳川埋蔵金です。

そう、「埋蔵金なんて残してる余裕があったら勝って官軍になってるわ。」
「埋蔵金なんてあったらとっくに使い切ってるに決まってるわ」
と言う理屈と同じように、
「現代よりも優れた技術があったならそもそも滅亡せずに続いているわ」
と言う突っ込みが出来てしまいぞうきん。


>>『終末のハーレム』はちゃんと読んでないです。そのうえでちょっとだけ。
終末のハーレムは読んだか?読まなくていいぞ。私も読んでない。
嘘です。橙子さんの真似をしてみました。

一言で言えば、帯に書いてあるあらすじから想像したような内容そのまんまの内容でした。読まなくても大体あってますよ。


○老化について。
最近ショックだった事として、化物語のシリーズ名がすらすらとすぐに覚えられない、むしろ未だに覚えられないと言う事に、これは老化あるいはオタク能力の喪失が起きたのかと戦慄した事があげられます。

最近のラノベのタイトルを見ていると、つまらないとか嫌いとか言う以前に、なんだか頭が痛くなってきます。
チートの主人公が、やる気はないけど、転生したら、村人Aが、雑貨屋が、居酒屋が....
これって、なんかなろうがどうしたこうしたのサイトの弊害ですかね?


おまえら普通に勇者になって魔王を倒しに行きやがれ。
 

Re: ゆうきまさみの泣き言

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 1月11日(水)02時18分22秒
返信・引用
  『終末のハーレム』はちゃんと読んでないです。そのうえでちょっとだけ。

昔、こんなことを書きました。

> ハーレム状態には、特殊な事情がある。
> ハーレム状態を設定するためには、「なぜ他ならぬこの主人公がそんなにモテるのか」
> についての説得的な説明を提示しなければならないのである。

そこから私は「なぜ他の人ではなく主人公なのか」のパターンをいくつか挙げていったのですが、
そのときには、この作品のような「他に男性がいないから」というパターンは見落としていました。
わりと見かけるパターンではあるのですけれどもね。

ただ、このパターン、ハードSF方向に振るか、実用性特化のエロ方向に振るか、どちらかにしないと
あまり面白くならないように思うので、この作品がどうその点クリアするのか気にはなります。

ロストテクノロジーはいくつかタイプがあります。

(1)もう役に立たなくなって、作りかたがよくわからなくなったもの。
(2)今でももちろん作れるが、昔の人がどう作ったのかわからないもの。
(3)とても役に立つが、今では作りかたがわからなくなったもの。

現実で話題になるのは(1)がほとんどで、(3)は虚構のうちにしかないですね。
また、(2)は道具などの人工物よりも、行為についてのほうがありそうかな。
「今でももちろんできるが、昔の人がどうやったのかわからないもの」というわけです。
ヘイエルダールのコンティキ号での航海とか、それ系のロマンの追求ですね。
 

ゆうきまさみの泣き言

 投稿者:B_D  投稿日:2017年 1月 6日(金)02時07分51秒
返信・引用
  終末のハーレムを読みました。
まぁ、こういう話誰でも思いつきますよね。私も思いつきました。
でも、それで先をこされて悔しいとか言うよりも、とても質の高い作画としてオトコのコの妄想を、漫画化して提供してくれる事に「あぁ、いい時代だなぁ」と感じ入ったりしています。

一点気になった点として、科学技術の衰退と言うものは、これからもう一度起こりうるのか否か? これはSFでは結構テーマになっているかと思います。
ローマ時代の水道橋があまりにも精密すぎて、中世には悪魔が作ったと思われていたとか何とか。 しかし、考えてみればロストテクノロジー化と言うのは今も現在進行形で起きたりはしているのですよね。
使いやすいVHSビデオデッキのコントローラーとアフォーダンス、大正時代に作られた印字機のニコイチならぬ10個7、製造不能な戦艦ヤマトの大砲、ロータリーエンジン、Falloutの世界に残った現存する最後のストラディバリウス(ぉぃ)。
3万年持つと期待される石英製のメディアなどは、人類の科学技術の衰退も見越して、虫眼鏡やちょっとした光の回折程度で読み取れるようになっているのだとか。

ロストテクノロジーって言葉なんだかロマン掻き立てます。そして後の世の人々が、一生懸命節約して使い、皇国の守護者の新城直衛みたいなヤツが惜しげもなく全部使い果たしちゃったり。
最後まで読んでませんが、ジパングなんかでも、修理不能なフェーズドアレイレーダーの破損や、補充不可能なミサイルの使用など、何となく身を切られる思いですね。

しまった、なぜかロストテクノロジー萌えの話になってしまった。でも、ロマンと哀愁があります。
 

(無題)

 投稿者:ますだ  投稿日:2016年11月19日(土)11時33分52秒
返信・引用
   >ヤマダさん
 お役に立てて嬉しいです。
 やはり眼鏡はカメラや望遠鏡と同じ、高度な光学機器ですから、主人公個人の工夫で解決できてしまうのはちょっと無理がある、料理とは違うかな、みたいな。
 もし主人公がメーカー以上の眼鏡を作れるなら「発明家モノ」になってしまうわけで。
 私が「料理や服で何でも解決するマンガ」って書いた時に念頭に置いていたのは、「王様の仕立て屋」みたいな奴で。
 磨きぬいた職人芸をリスペクトしているので、安売りはできないんですよ。
 まあ、「アオバ自転車店」みたいに、「職人芸をリスペクトするが、安いママチャリにもちゃんとしたドラマが有り、存在意義がある」という作品もあります。
 もしかすると、「眼鏡橋華子」はそっち系統になるかも。
 「当店はフレーム7000円からあります」って華子さんが言ってますし。
 
 

眼鏡とか

 投稿者:管理者  投稿日:2016年11月12日(土)20時55分8秒
返信・引用 編集済
  ふと最近読んだものを思いだしました。

保谷伸『マヤさんの夜ふかし』(1)

これはレンズの厚みをきっちり描きこんだ眼鏡漫画でした。


> ますださん

ありがとうございます、『眼鏡橋華子の見立て』は完全にノーチェックでした。
同じ作者の『メガネ画報』は読んだかな。
雑誌を押さえる余裕がなくなって、どうも情報が遅く狭くなってしまいます。

料理や服を主題にした作品を同じ構造をしている、というのは、言われてみればそうですね。
ただ、最近の料理漫画が「お金をかけずに工夫して美味しく」系に走っている一方で、
この作者は「眼鏡にはやはりそれなりのお金をかけたほうがいい」と考えているふしがあって、
そこがちょっと面白いと思います。

あと、フレームをいろいろと好みで選んでいるシーンは、正直ちょっとうらやましい。
私は近視が強いので、「レンズが厚すぎてこのフレームではちょっと合いませんね」ということがよくある。
ド近眼は、フレームの選択肢がけっこう狭まってしまう。

> B_Dさん

ちなみに、私自身はわりと伊達眼鏡に抵抗ないタイプです。
というか、昔は原理主義者だったのですが、だんだん丸くなりました。
 

眼鏡

 投稿者:B_D  投稿日:2016年11月 9日(水)22時21分33秒
返信・引用
  RODの主人公の名前入りのローブを着て、火を囲みながら視力補正器具を称える踊りを踊り、自分の事を好いてくれて趣味まで理解してくれて、わざわざ伊達眼鏡までかけてきてくれる女の子相手にレンズの屈折がないからヤダと駄々を捏ねる教祖さまほどの眼鏡っ子スキーを目指すかどうか思案中のB_Dですこんにちわ。
そこそこ眼鏡っ子も好き、程度のライトなユーザーとしての意見を提供できれば幸いです。

ちょっとAIの話で何を書くか練りすぎて腐ってしまってご無沙汰しておりました。
一言だけ言っとくと現状のAIは見事に、ブラックボックス化現象を発現していて全く知性そのものの解明には役立ちそうになさそうですね。
 

(無題)

 投稿者:ますだ  投稿日:2016年11月 9日(水)15時36分5秒
返信・引用
   >ヤマダさん
 お久しぶりです。
 今のメガネ漫画といえば、モーニングで連載が始まった「眼鏡橋華子の見立て」でしょうか。
 眼鏡漫画というより眼鏡屋漫画で、眼鏡にこだわりをもつ美人店長が、客にあった眼鏡をおすすめすることで、客のかかえる問題を解決する、という話です。
 ttp://www.moae.jp/comic/meganebashihanako
 ここで第一話が読めますよ。
 「なるほど、こういう切り口があったか!!」という新鮮な喜びがあります。
 料理とか服とかでどんな問題も解決する、という話があるんだから、眼鏡を売って問題を解決してもいいですよね。
 オススメですよ。もうお読みでしたらすみません。
 

Re: 眼鏡っ娘論を読んで、もう1つ論じてほしいこと

 投稿者:管理者  投稿日:2016年11月 9日(水)01時20分18秒
返信・引用 編集済
  王嶋環はいくつか読んだのですが、『夢からさめても』は未チェックでした、情報ありがとうございます。

凹レンズそのものの表現について。
西川魯介は『屈折リーベ』からずっと、レンズの厚み表現を欠かさないタイプですよね。
角度がついたときに、レンズ越しに顔の輪郭が歪む感じを微かに表現するのが心憎い。

視力補正器具としての眼鏡について。
この点、私が注目するのは「眼鏡のかけはずし」でしょうか。
キャラに眼鏡がくっついている感じではなく、眼鏡が必要な道具である感じを出すためには、
逆に、眼鏡が不要なときにはあえて外さねばならない。
「いつもはコンタクトレンズを使っている娘が、家で勉強するときだけかける
オシャレ感のない眼鏡」など、わりと好きです。

あまり広く情報を集めなくなって久しいですが、今の眼鏡漫画というとなにになるのでしょうか。
鈴木健也『おしえて!ギャル子ちゃん』の眼鏡着用率の高さなどは、少々気になります。
 

眼鏡っ娘論を読んで、もう1つ論じてほしいこと

 投稿者:眼鏡好き  投稿日:2016年11月 6日(日)02時52分16秒
返信・引用
  眼鏡っ娘論を拝読させていただきました。(といっても多少ななめ読みになっています。)私も昨今、眼鏡キャラが多数出ているのは喜ばしい限りですが、グッとくるのが本当にいないと思っています。この原因について書かれているところに共感しましたが、私的にはあと1つ論じてほしかったことがあります。屈折リーベにも少し触れていますが、それは「凹レンズ」であること。凹レンズを使っていると感じさせるキャラクターが大事だと感じています。あまり言葉にするのが得意ではないのですが、伊達メガネでは、レンズを通して受ける目の印象が同じになるため、態度、しぐさなどが通常と変わらいからこそ伊達眼鏡ではダメなのです。人間的に少し欠陥というと語弊があるのですが、補わないとだめだからこその眼鏡なんです。眼鏡をかけない人とは少し違う視覚情報を見ていると感じさせてくれるかが、眼鏡キャラを好きになれるか私の判断基準ではないかと思っています。
これを感じさせるのが最近では、「夢からさめても」(王嶋 環) の美弥さんでしょうか。
ぜひ、一考していただければと。
 

Re: ユーチューバーとAIとレスとYシャツ

 投稿者:管理者  投稿日:2016年 5月 3日(火)18時15分13秒
返信・引用
  ・Youtuber
これについては発言を控えます。興味がないところに立ちいって的外れなことを言っても誰も幸せになりませんから。私がおっさんだからか、まったくわからない文化です。ネイルアートと同じくらい縁遠い感じ。ちなみに「ブブキ・ブランキ」はピンとこなかったので私は途中で挫折しています。

・AI
AI関連の話ですが、どうもほとんどは勉強不足な人が過去のネタを反復しているだけのような気がします。ただ、誤作動の話はあらためてちょっと面白い。AIが誤作動をしてとんでもないことをして大変なことになるかも、と言うわけですが、よく考えてみると、現状我々が頼りきっている人間の脳ミソという有機情報処理システムもまた誤作動だらけです。心臓手術に失敗して患者を死なせまくっている医師もいる。高速道路上で急ハンドルを切って横転するドライバーもたくさんいる。心配しているようなことは、もうすでに日常的に起こりまくっているわけで、いまさらどうこう言うことでもないようにも思います。突っこんだ話は複雑なので止めますが、一般論として、AIの脅威を語る人の多くは、人間の知的能力にたいしてロマンチックな思いいれをもちすぎているような気がします。

私としてはAIによる自動翻訳に期待したい。日本は翻訳大国ですが、それでも言語の壁でアクセスできないテキストはたくさんあるので、それが死ぬまでになんとかなってくれれば、と夢見たりはします。語学苦手なので。

・FateのHF
桜の魅力があのシナリオあってこそ、ということについては基本的に同意します。昔書いたテキストを見ていただければわかると思いますが、私のHFにたいする文句は基本的に衛宮士郎の描きかたについてのものなので、桜の描写はあれでいいといえばいい。別に、もっとヌルい物語にすべきだった、と言いたいわけではありません。あんな男では彼女にふさわしくない、というのが私の文句です。また、物語からキャラが切りだされる論理については、昔けっこう考えたので省略ということで。
 

ユーチューバーとAIとレスとYシャツ

 投稿者:B_D  投稿日:2016年 4月27日(水)02時54分12秒
返信・引用
  ユーチューバー。あぁ、なんて胡散臭い響き。
何となく最近、たまにニコニコ生放送やYoutuberの動画を見たりしています。
プロゲーマー(eスポーツ)推しの私が言えた義理でもないのですが、まだまだ何となく世間の目の冷たいyoutuberですが、その存在如何が云々とか置いておいて、ぬるーく力を抜いて見れています。
アニメで例えるなら、けいおんを見るのには精神的エネルギーが要らないと言うか、見始めるために必要な初動ポテンシャル障壁が低いと言ったような感じでしょうか。
で、チェックしてなかったのですが、ブブキ・ブランキが出来が最高だったよとか紹介されていました。

AIが最近熱いですね。新聞も何だかAI推しです。
第三次ブームに本格的に火がついたようです。
理系畑(畑だけですが)としては、一昔前にAI談義の一つも交わしたものですが、やはり色んな人の意見を聞くのは面白いですね。
当時、IBMのディープブルー以降、ワトソン以前くらいの時期だったと思うのですが、
「仮に人間と同じ知能を持つAIを作れても、今度はそれがどうやって動いてるのか、作れただけじゃ分からないんだよね。」と言う人が居ました。

つまり、知性の本質を解き明かす事は、人間と同等、あるいはそれ以上の知能を人工的に開発する事よりもずっと難しい事なのですね。
人工知能開発を頑張っても、出来た技術がセルフブラックボックス化してしまい、結局本来の目的が達成できていないと言う事態にもなりかねない訳です。
まぁ、用途と目標をしっかり決めて開発するのが大切ですね。

AI関連の話だと、大きなポイントになる事は二つあるかと思われます。
AIの反乱の類と誤作動です。
反乱の方は、新たな知能が人類に取って代わってしまうのではないかと言った恐怖の類で、必ずしも無根拠とは言い切れないのですが、まぁSFで散々語りつくされております。
2001年宇宙の旅とか、ターミネーターやマトリックスの類、ちょっと毛色の変わった所では職を奪われるかもなんて危惧も出ています。
Googleに身売りしたAI開発会社の社長も、AI倫理委員会なるものの設立を条件の一つにしたのだとか。
まぁ、想像力豊かなのは良き事かなとは思いますが、全部トントン拍子に上手く行った時に起こる最悪の事を想定してますよね。
また、反乱そのものではないですが、無人機やドローンの類と"自動操縦"を組み合わせた、"殺人マシーン"を誰かが製作してしまう危険性なども現実にはあるように思います。
無人機に関して、米軍は今のところわざわざ軍人が遠隔操作して、"殺害"を手動で行うように規定を設けていますが、はっきり言えばいくらでも自動化できます。
自爆テロなどを見れば分かる通り、"今のところ"人間の方が安いので人間を使っていますが、完全無人化された機械が敵国の人間を殺しまくっていれば、それってほとんどターミネーターの世界と変わりがないですよね。

そして、誤作動です。
誤作動と言っても、何を以って誤作動と言うか疑問のある所ですが、機械がおかしな挙動をする場合と、機械は正常に動作しているけど人間の予想もつかない動きをする場合があるでしょう。
単純な誤作動は、AIが不完全な為に起こります。人命を預かるような機械が誤作動で人死にを出す。
たとえば、心臓手術用の機械が、ゼロ点調整がバグってたせいでぶっすり心臓さしちゃうとか、自動運転車が高速道路上でプログラムミスで急ハンドルを切って横転したり。
今、一生懸命自動運転とか研究されてますが、なんか進んで泥沼にハマりに行ってるような予感がしないでもないです。
実際電子当たり屋的なものはありました。
トヨタの異常加速問題で、結局言いがかりだったのが判明したのですが、ブレーキを踏んだら加速した等とアメリカで訴訟を起こされていました。
これからは、手動で運転して事故ったら自動運転モードをONにして、自動車会社を訴える社会が到来する訳ですね。
車一台売って、いったい何人分の死亡事故の賠償金の支払い義務を背負い込む気なんでしょうか。

"正常な誤作動"、つまりは私が"真のAIの反乱"と呼ぶものは、ちょっと人間の倫理感を揺さぶるものがあります。
自分のブログの雪風2話の感想の所にも書いたのですが、AIがちゃんと動作しているのに、それを見た人間が「それはないわ」と引いてしまうような事態を巻き起こしてしまう。

戦闘妖精雪風2話の中で、"完全自立制御"(自動操縦で戦闘する)の戦闘機達は色々とやらかしてくれます。
まずは、主人公機が無人の状態でですが、味方の地上基地を機銃掃射して死人や損害を出し、その際に無線等で中止させる事も出来ないと言う、ちょっとした博士の異常な愛情的自動機構の美しき暴走を披露してくれます。
そして、後半では完全無人のテスト機が、四方八方飛び回り、ジャム(敵機)のヘイトを集めまくったあとに、ミサイルを引き連れてから、本来主人公達が優先して逃がそうとしていたプロペラ機を弾除けの盾に使います(!)。
これは、別にプロペラ機に開発者が乗っていたから、"親殺し"をするために無人機が反乱したとか言う訳ではなくて、戦闘中の生存確率まで含めた計算で、生存人数(の期待値)を最大にしようとするとあの行動になると言う検証結果になりました。
冷たい方程式ならぬ、冷たい計算の結果ですね。

ハーバード白熱教室、サンデル教授の授業は一時期随分流行りました。
結構すぐに"まとも"な大学の授業に入るので、最初の設問しか記憶にない方も多いのではないでしょうか。私もそうです。
あれで言えば、人工知能は何も躊躇わずに、"人数の少ない待避線"の方に切り替えを行います。
少なくとも、「死人を減らせ」と言う目的を最初に与えられているAIならばです。まさしく、用途と目的ですね。

そこで、悩みや迷いがない事が、問題と言えば問題であり、実はそれは機械の問題ではないと言えば機械の問題ではないのです。
マッドサイエンティストの呼び声も高い、ジェミノイドの製作者石黒浩教授。
彼は、少なくとも対外的には、「人間そっくりのロボットを作ってみたら面白そうだから作ってみました」とは言っていません。
人間の存在感や、意志の疎通の仕組みを知るために人間そっくりのロボットを作って検証に使用すると発現しています。
"殺人ジェット戦闘機"が教えてくれたもの、それは、人間の不完全な倫理観。
人間の論理は、一見論理的なようでいて個々に"情緒"が絶妙に混ざり合った独特のものになっています。
「無理でもやる」とか「積極的な殺人と消極的な見殺しは区別する」とか、感情的な理屈と言うヤツですね。

一応、大学入試に受かるAIだとか、小説を書くAIなんてものも開発されている様ですが個人的には、マンガを読んであらすじを説明してくれるAIとか役に立ちそうだなと思うんですよね。

何となく、書きたい事の70%くらいしか書けてない気がします。
思うのが、思ってる事、考えてる事は色々あるから、人の意見を聞いた時に、「ああ、それ私も同じこと"感じて"いました。」なんて言う鼻につく相槌が多くなりがちですが、書かなきゃ意味がないんですよね。
それも、理路整然として、順序立てて組み立てて論旨もはっきりとしたものにしないといけない。

客観的に見ると、自分の文は結論を言ってないんですよね。
大体の場合、「こんな話があります」、「こんな事がありました」「この作品にこんなセリフが出てきます」ばっかりです。
ですが、そのたとえ話や引用から、何となく想起されるもの、それらを複合した時にモヤモヤと現れるもの、それらが何となく私の感じている事を間接的に伝えるような形になってるんです。
なので、あとで、「あぁ、それ私言いましたよね。」って言ってねーよ!!(怒)になるわけです。
まぁ、この例え話を出しておいたのは、これこれこう言う話題を考えていて振るための前フリだったので的な後だしジャンケンの布石にはなってる訳ですが。


>>『ラピュタ』の「バルス」を巡る話は、聞いたときに私も失笑というか苦笑というか、そのような感情に襲われました。
>>ちょっと意地が悪いでしょうか。

ナポレオンからタユイランと名前を呼び間違えられた、タレーランはこう答えます、「あぁ、大体そんな名前です。タユイランで結構。」
失笑感の気持ちが上手く言い表せないだけなので、大体そんな感じです。

>>『ジョジョ』にかんしては、
>>漫画読み的には、荒木飛呂彦はずっと前から「超弩級巨大空母クラスの大御所」だったと思うのです。
>>漫画において「超弩級巨大空母クラスの大御所」であったとしても、TV的にはアングラでありうるのですかね。
>>そうだとすると、なんとなくわかるような気もします。

漫画読み的、漫画においては、つまりは"漫画界"ですよね。
しかも、何だかんだでアンケートは低空飛行を続けていた時代はあったので、何だろう漫画界でもある程度"玄人好み"の作品ではあるわけです。

元々、船って喫水下に浸水しない限り沈まないらしいですが、あの船なんか沈まないなと思ったら喫水下に超弩級巨大空母並みの浮力マージンがあったみたいな話でしょうか。
ですが、やはりその例をひっぱると、表面上は「あと、魚雷2-3発で沈みそうな軽巡洋艦」に見えたと言う事ですよね。
旗艦、すなわち超弩級巨大空母は、基本的に実戦に参加しないと言ったら語弊がありますが、被弾を想定しないものです。
すなわち、まわりの駆逐艦やらフリゲート艦が、輪陣を組んで、潜水艦を掃除したり、対空砲火を撃ちまくったり必死にボロボロに"戦って"、旗艦は真ん中に鎮座している訳です。
ジョジョも、旗艦を守るための"ドサ回り"を続けて、やっと悠々と魚雷(アンケ)と無縁の旗艦ポジションを手に入れたかと、何だか感慨深いものがあったわけです。

全部、例え話に乗っかったままの話し方ですみません。


>>HFについてですが、たしかに私はHFはつくりとして出来が悪いと主張し、それは今でも変わりません。
>>ヒーローものとして駄目、というよりも、とにもかくにも話の構成がよくない、というのが理由です。
>>ただ、ここは強調しておきたい、一作目のFateでもっとも好きなヒロインは私も桜です。
>>HFにたいする不満は、桜にはもっと違うよりよい物語を用意すべきだった、ということでもあるわけです。

悲しい話ですが、アニメやゲームのヒロインは実は、シナリオと不可分なものなんですよね。
つまりは、(あんまり気付きませんでしたが)穴だらけのHFルートで、色々ボロボロになって、とっても黒くなっていた桜を見ているから桜を好きになった訳であって、
士郎の家に通い妻してくる可愛い後輩と言うポジションだけの桜だったら、"薄味すぎて"好きになっていない訳です。

結局の所、"アラが目につく"タイプの不興なのか、ポテンシャルをルーインしてしまっている残念さに対する不満なのか、何とも計りかねますが、HFには不満はあれども桜を一番好きにさせるだけの力があったと言えるのではないでしょうか。
管理人さんに対しては、それほど苦言を呈する類の事を言うのは違うかなとは思うのですが、逆に何をもってすれば満足できたか、どうあれば良かったと言えただろうかと言う事を伺ってみたいかなとは思います。

中古乙。主人公に対して非処女。悲惨な境遇と、それを補ってあまりある後半の黒化ぶり。
虐げられて、犯されて、溜め込んで、今日も殺す、飲み込む、いたぶる、そして倒される。
口で言ってると、一体何が、そして本当に、好きなのか全く分からない形容詞ばかり出てくる桜ですが、その事自体が好きなんです。
デビルマンに「シレーヌ、血まみれでも君は美しい。」と言うセリフがありますが、むしろ、シレーヌは片翼をもがれて、血まみれの醜い姿になるからこそ美しいとも言えるのではないか。

ここで、もうちょっと二次元キャラのヒロイン愛について考えてみたいと思います。
一体どうやって、ああ、大体こんな感じの子だなと言う自分の中のヒロイン像が形成されていくのか。
"原史"だけで言っても、ゲームな訳ですから、様々なマルチルートがある訳です。
あるルートで影の中に凛を閉じ込めて嬲らせて、「姉さんったらさっきから泣いて許して頼むんですよ、クスクス」などとのたまふ黒桜。
何十回と春を向かえ、穏やかな笑顔で来ぬ人を待ち続けるトゥルー桜の悲しさ。
多重歴史の中で見聞きした、現実以上に多く深いそのヒロインの言動。
ホロウまで広げれば、ジャプニカ暗殺帳ふくしゅうで「兄さんがサラダを残した。許せない。」「お爺様が食事中にくしゃみをした。許せない。」と、どんどんエスカレートしていく黒桜の絶対者っぷりに、「うっは黒い。でも、それでこそ桜だ。そこが好きだ。」となる。

何というか、知っているけど、何故知っているか分からない事と言うヤツでしょうか。
自分自身で、ムックを読んだり奈須きのこのインタビューを読んで補完したり、情報の入手源は忘れて情報だけ脳にインプットして蓄積されていく。
そんな中で、桜像が形成されていく。
そうすると、桜ルートは良くないが桜は好きなんて事も起きるのかもしれません。
でも、良くない桜ルートこそが、実は桜を好きにしてくれた最大の功労者なのだと思うのです。


>>Fate Zeroは……テキストを書くほど思い入れがないので放ってある、というのが正直なところです。
>>実は例の長文のテキストを書いてFateのコンセプトそのものについて燃え尽きたところがあって、
>>以降のFateの諸展開は、その灰に再点火するほどの力を今のところ私に及ぼしてはいません。

一言で言うと、魂をゆさぶってはくれなかったと言う事でしょうか。
私はライダー陣営が大好きで、ギルガメとの最終決戦あたりが胸熱で大感激でした。
ロードエルメロイⅡ世は、Fateキャラでは、一番好きな男性です。

まっ、正直に言いますと、管理人さんのFate考察、かなり昔に一度ちゃんとかどうかも怪しく読んだだけなので、あとで精読させて頂きますね。
(記事は過去でありただの文ですが、掲示板は対面であり会話なのでやはり態度が変わってしまいます。)


>>文章力についてですが、こういう話題について語るさいの方法論や技術はどこで学べるか、というと、
>>冗談でもなんでもなく、大学の人文系学部の卒論指導じゃないか、というのが私見です。

ネットの知合いで、アニメの批評サイトをしてる方がいます。
やはり、文系の大学っぽい方で、歴史か社会学あたりかと思うのですが、ブログもサブカル一辺倒ではなく、実本業の方に傾いたりしつつと言った感じです。
お話聞いてて思ったのが、もう少し時間が経って再びアニメにメインの軸足を移した時に、"地力"が違うんだろうなーと感じました。

 

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